今日もめくるめかない日

取るに足らないものの連続(旅する練習/乗代雄介)

「小説」という言葉にはもともと、取るに足らないものといった意味があるらしいですが、そんな取るに足らない小さな事象でも、鳥みたいに飛び立てるような気持ちにさせてくれるのがまた、小説なのだと思います。

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第34回三島由紀夫賞、第37回坪田譲治文学賞、ダブル受賞!
第164回芥川賞候補作

中学入学を前にしたサッカー少女と、小説家の叔父。
コロナ禍で予定がなくなった春休み、ふたりは利根川沿いに、徒歩で千葉の我孫子から鹿島アントラーズの本拠地を目指す旅に出る。
歩く、書く、蹴る――ロード・ノベルの傑作!

 芥川賞候補になり、三島由紀夫賞坪田譲治文学賞を受賞した当時もわりと話題になっていた印象のある作品ですが、タイミングなく読めていなかった「旅する練習」、先日やっと読んだのですが、これはめちゃくちゃよい小説、もっと早く読めばよかったです。

 

 どんな話かというと本当にあらすじのとおりで、亜美はリフティング、叔父は文章の練習をしながら鹿島を目指す一週間が描かれている。立ち寄った先で知る歴史、鳥の名前や生態、亜美の純真な性格、小説家である叔父の目線で衒いなく、丁寧に、見たままのことが文章でスケッチされていいく。途中、みどりさんという女性と出会い旅を共にするけれど、それ以外は大きなドラマもない。けれどだからこそ、日常の一瞬いっしゅんのまぶしさみたいなものが優しく光っている、ってこんなふうに書くとすごく陳腐に聞こえるかもしれないですが、私たちは取るに足らないことを繰り返しながら、けれど取るに足らないことのなかに大切なものを見つけながら生きてきているのだよなということを、やわらかく感じさせてくる小説だった。

 

 わたしは個人的に「ネタバレになるから感想を言えない」というのに反対派で、反対派というか、そんならネタバレにならないように説明してくれやと思ってしまう節があるのですが、この作品にいたっては、なにを言っても無粋になってしまうし、いっさいの情報を入れずに読んでほしいと思う。最後まで読んだとき、なにを感じるかは本当に人それぞれだだろうし、どんなふうに感じても、それがその人の正解なのだと思う。わたしはとても泣いてしまった。でも正直なところ、ラストの場面はなくてもよかったとも思った。うーん…すごく難しい。ただ、ラストはこの作品の本質ではないので、一場面で評価を決めてしまうのはとてももったいないことです。
 あ、ちなみにおジャ魔女どれみの話がけっこう出てくるので、世代の人はそれだけでも楽しめるのではないでしょうか。ピリカピリララ……不思議な力がわいたらどーしよ、どーする……

 

 いまさらなぜこの作品が芥川賞を受賞しなかったのだろうということも考えたけれど(そのときは「推し、燃ゆ」が受賞しました)、毒がなさすぎたのかな……。亜美、叔父、みどりさん、みんな優しいんですよ、心底安心してしまうくらい。(勝手なイメージですが)芥川賞ってなんかこう、現実にいたらやばい…距離を置きたい…と思うような人が語り手だったり登場するじゃないですか、「旅する練習」にはやばい人出てこないので、それが物足りなさに繋がったのだろうか…なんてことを思った。
 ただ、亜美たちのやさしくて力強い言葉の数々に励まされると同時にわたしたちは生きているかぎりは潜って息をして、潜って息をして、つねになにかの練習をしないといけないということも実感させられる。当たり前にありすぎる残酷さもちゃんと描いている作品だとも思う。

 

「旅する練習」を読んだ友人と感想を言い合っているとき、「鳥が川に立っているのを見るたびに、あれは羽根を休めてるわけじゃないんだなって思うようになった」「乾かしているんだよね」「次の準備だよね」なんていうことを話して、それは取るに足らない会話のひとつだったけれど、たぶんこの先わたしのなかで忘れない言葉のひとつとして刻まれていくのだと思った。
 日常は、取るに足らないものの連続、だけど一瞬いっしゅんのきらめきの連続でもあって、ときどきでもそのとことを思い出していきたいなと思える作品だった。本当によい小説でした。

 

 

引き続き雨

 9時起床。

 三連休!今日は友人に会う予定があるので朝から少しわくわくしていたけれど、待ち合わせ時間を確認するためにLINEを遡ったら、なんと約束していたのは明日だった。仕事は出張とか外に出る用事もない完全内勤だし、人と会う予定もめったに入らないので手帳を持たなくなったのですが、たまの用事すら把握していない自分がときどき心配になるよ。

 

 出かける用事もなくなり朝からずっと雨だし、家に引きこもっていた。転職サイトに登録するだけしたので求人情報を片っ端から読んでいく。お気に入りにいくつか入れたりしたけれど、応募フォームにはまだ進めない。

 

 今週から読んでいた群像を読み終わる。感想をいくつか。2月号はよい感じのピンクで目を引くね。

新しい恋愛/高瀬隼子

 もうすぐプロポーズされそうだけどロマンチックを避けたい女性の話。昔はストーカーするくらいの執着心があったのに、なぜ恋愛感情って薄れてゆくんだろうね。もちろん一生ロマンチックを夢見る人もいると思うけれど。私もロマンチックされたらもう白けてしまうので、全力で恋愛できなくなった気持ちわかる。

 

今日は小鳥の日/小川洋子

 「小鳥ブローチの会」二代目会長の口語体語り。いろいろな理由、いろいろな材料で小鳥ブローチをつくる人たちが集った食事会の話。小鳥の死骸を探しブローチ制作にいそしむ二代目会長の恐怖をおぼえるほどのひたむきさ、初代会長の衝撃的な死に方など、目を背けたくなる生々しい描写が多い。けれどなんだか吸い込まれるように読んでしまった。

 

兄の帰還/川野芽生

 いくさで亡くなった兄が幽霊となって家に帰ってくる話。帰ってくるには条件があるみたいで敵前逃亡とかスパイとか「悪い」ことをしたら帰ってこれない。帰ってくるのは「お国のため」に戦った人だけで、いくさをしていない女性も死ぬだけ。人が死ぬと美化されるというか、美しく語られるというか、嫌なことも全部いいことに変換されていくのが昔からなんだか違和感があって、その違和感をざらりとした手触りで書いているような短編だった。三島由紀夫の「死後に悪口を言うべし」というエッセイを思い出した。

 

X/Y-Z(エックスワイジー)/岡本学

 おもしろかった!牧歌的箱庭ゲームをするX氏、戦闘シミュレーションゲームをするY氏、箱庭ゲームを土台に戦闘ゲームを作ったZ氏の三視点の話。土地を耕して収穫をするだけの平和な箱庭ゲームを楽しんでいたはずが突然土地を奪われ戦闘態勢に。それまで戦争のせの字もないゲームプレイヤーだったXが、土地を奪い返そうと兵力を増やしていく思考が怖いくらい自然で、ゲームの話ではあるけれど、どうしてもいま世界で起こっていることと重ねざるを得なかった。

 

 夕方、雨のなか西友に買い物。冷え冷えとするので鍋の材料を買った。温まった。明日こそ友人と遊びに行く。

 

 

if/when(私が鳥のときは/平戸萌)

「事情」というのは人を慮らせる。事情によっていつもより優しくできたり、理解できないことに納得できたり、本来許せないことを許せたりする。でもそれは、その人本人のためでなく、事情のために優しくしているとも言えるとも思う。
 家庭に問題がある、家が貧しい、いじめられている、受験生である、それから余命を宣告されている……人にはいろんな「事情」がある。事情というものをすべてなくして人と接するというのはけっこう難しい。難しいけれど、それができたら、人と人の間にあるものはなんだかすごく「対等」という感じがする。
 ちなみに「それができたら」を英語にすると「If you can do that」。実現がむずかしそうなニュアンスの「if」。でも、「それができるとき」にすると「when you can do that」となる。「if」ではなく「when」で物事を考えてみたいと強く思わせてくれたのが「私が鳥のときは」でした。

 

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「さらわれてきちゃった」。中3の夏、蒼子の家に突然やってきたのは、余命わずかのバナミさん――。第4回氷室冴子青春文学賞大賞を受賞した傑作青春小説。書き下ろし長篇も収録。

朝倉かすみさん、久美沙織さん、柚木麻子さん絶賛!
第4回氷室冴子青春文学賞・大賞作、
書き下ろし長篇を加え待望の書籍化!

中三の夏休み、蒼子の母が元同僚で余命わずかのバナミさんをさらってきた。なんでうち。なんで今。腹を立てる蒼子だったが、ひょんなことから一緒に受験勉強に励むようになり――受賞作「私が鳥のときは」

英語の授業は気づまりだし、部活は基礎練ばかり。「社会」というもののハードさに気づきはじめた、中一のバナミと友人たち。夏休み、お屋敷に暮らす老婦人・英子さんと出会って――書き下ろし長篇「アイムアハッピー・フォーエバー」

少女と元少女たちに訪れた、奇跡のような夏の物語。
軽やかに瑞々しく、世界をあざやかに変える、傑作青春小説、誕生!

※ネタバレしてますので未読の方は先に作品を読むことを強くおすすめします※

 

 高校受験を控えた蒼子の家に突然やってきたバナミさん(推定二十代後半)。余命がわずかということ、なぜか家族が迎えに来ないこと、くらいしかわからないまま「さらってきちゃった」「さらわれてきちゃった」という説明(になってないけど)だけでそのまま一緒に生活するようになる。
 バナミさんはけっこう図々しい(ちなみに本名。芭波!)。受験前の大事な時期だというのに悪びれもなく居座るし、勝手にテレビみるし、本当の家族のもとに夕飯を届けさせたりするし。バナミさんをさらってきた母も、バナミさんの言うことを素直に聞くし、蒼子にとってバナミさんは受け入れ難い存在。そしてなぜ蒼子の家に「さらわれてきちゃった」のか話の終盤まで明かされないので、謎をかかえたまま読んでいくことになる。
 ただ、理由はわからないけどすでにそこにいるバナミさんなので、一緒に生活していくしかない(余命がわずかなのでかなり神経をすり減らしながら)。
 読みながら感じていたのは、蒼子がとても公平に物事を見る中学生だということ。バナミさん、塾の友人ヒナちゃん、それから自分。人にはそれぞれ事情があるということをちゃんとわかったうえで、その事情を下品に詮索しない。ただ目の前にいる人のことを自分の目に見えている姿のままとらえる。そのうえで、その人自身が持っている長所や短所を受け取っているので、蒼子はすごくフラットだ。
 大人びているわけではない、むしろおそらく蒼子はすごく等身大の中学生。だからバナミさんに対して迷惑とか嫌だって思う気持ちを持つ。保護者として高校の見学に付き添いに来てくれれば感謝もする。そして余命わずかな人間にも自分は優しくできないんだという後悔や自己嫌悪も感じる。すべてに対して正直で、リアルな感情で、小説ということをときたま忘れそうになった。

 

 バナミさんを迎えに来ない夫と息子、息子のほうは実は蒼子と同じクラス。その息子と町中で言い争いになったとき、通りがかった知らないおじさんが「こらおまえ、女の子にそんな言い方ないだろう!」と息子のほうに怒鳴る。息子は謝り、そのまま去っていく。おじさんは蒼子に「怖かっただろう。ああいうバカの言うことなんて気にすることないからね」と優しく言う。それに対して蒼子は「この人は何を聞いていたんだろう」と反感を持つ。
 バナミさんの息子、佐藤某が蒼子に怒る理由はもちろんあって、でも蒼子が佐藤某に対して怒りを持つ理由も当然ある。「事情」を知っていったとき、断罪されるべきなのは佐藤某のほうという考えにもなっていくのだけど、その場に不釣り合いな正義心で佐藤某を断罪したおじさんに対して疑問を持つ蒼子は、一方に偏ることがない。
 そんな蒼子だから、蒼子の目を通して見るバナミさんをどんどん信頼したくなる。受験をしたいと話すバナミさんを応援したくなる。
 バナミさんが「さらわれてきちゃった」のは蒼子が理由でもある。たとえばその事情を最初に知っていたら、蒼子とバナミさんの関係性はずいぶん変わっていたと思う。でもそれはたんに分岐の話であり、どちらのほうがよかったのか、とかそういうことではない。最初に事情を知っていたら、ではなく、最初に事情を知っていたとき。どちらの道も蒼子にとっては公平にあったものだと信じられる。

 

「私が鳥のときは」、このタイトルをはじめて見たとき、言葉の使い方に違和感があった。というのは、「私が鳥のときは」って、想像したことがない状況だからだ。「私が鳥だったら」でも「私が鳥だったときは」でもない。「私が鳥のときは」。この不思議なタイトルの意味が明かされたときは涙が出そうだった。「if」をそんなふうに考えたことなかった。
 英語の勉強中、バナミさんが「もし雨なら私は傘を差します」という文に疑問を持つ。「if」の直訳は「もし」、「もし」は「ありえないけどこうだったらいいなあ」というニュアンスだと考えていたバナミさんに、ヒナちゃんのなにげない解説が「私が鳥のときは」というタイトルにつながっていく。私が鳥になることは、「ありえないけどこうだったらいいなあ」では決してない。分かれ道があったかもしれない過去や事情を、分岐としてとらえ、自分の目で見たことをそのまま受け入れる蒼子だからこそ「私が鳥のときは」という言葉が、ほんとうにそのままの意味で羽ばたいていく。

 

 物語の終盤のあっさりさは当然あえてこういう書き方であるのでしょう。人によっては物足りなく感じるかもしれない。けれど私はこの終わり方以上のものはないと思う。十五歳の夏休み、バナミさんがいた。ヒナちゃんがいた。母がいた。花火をした。受験勉強をした。嫌な思いもした。努力もした。なんの事情も汲まない出来事。でも当然たくさんの気持ちがそこにあることは、書かれなくてもわかってる。
「私が鳥のとき」もあれば「私が鳥じゃないとき」もある。「if」ではなく「when」、ただそれだけのことを大きく広く描いている、なにも終わらない終わり方だと思った。

 

 ここまでが表題作、書き下ろし「アイムアハッピー・フォーエバー」はバナミさんが中学一年生だったときの夏休みの話。英語の勉強をしていた「私が鳥のときは」から、英語の先生モリ―が出てくる流れがとても鮮やかで胸がぎゅーっとなる。
 テニス部に入ったものの、一年生はコートに出させてもらえず球拾いなどの雑用ばかり。先輩にならないと満足に部活ができない現状に、一年生はどんどん退部していく。そこでバナミたちは自由にテニスができる仲間と場所を集めていく……少女たちの青春譚。

 表題作を読んでからバナミの子どものころの話を読むと、やっぱりちょっと切なくて、この夏が終わった数年後のことを勝手に想像してしまったりもする。でもやっぱりこれも分岐の話。「アイムアハッピー・フォーエバー」、文法(あるいは別の何か)が間違っていることも含めて、それでもこの時点での「アイムアハッピー・フォーエバー」は間違いなく大正解。
 冠詞である「a/an/the」は本来名詞につけるもの。でも「ハッピー」が名詞でもいいと思う。「私は永遠の幸せ」、そこには「もし」が入る隙間がないくらい完璧な夏の一日がある。

 

 そして読み終わって本を閉じると鮮やかなコバルトブルー、手を大きくひろげた後ろ姿に思わずにはいられない「私が鳥のときは」……。
 それから本文デザインも素晴らしい。地より天のほうを広くとっているのはやはり空を想起させるためなのでしょうか、ああくらら……。

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「私が鳥のときは」は第4回氷室冴子青春文学賞を受賞した作品。過去に第2回の受賞作品の感想も書きました。
 学生のころ王道の青春小説を読んでこなかった反動なのか、30歳を過ぎてから摂取する青春小説にことごとく胸を打たれている気がします。

 

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源氏物語を読んでる(玉鬘~胡蝶)

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 源氏物語も中巻に突入です! 今回は玉鬘~胡蝶。光源氏もぼちぼち昔のように無条件で称えられ奉られる……という感じではなくなってきました。玉鬘がんばれ……。

 

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玉鬘

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 夕顔の名前が久しぶりに出てきた…! ちょうど先週の「光る君へ」にも夕顔の歌が出てきていたので嬉しかったです。夕顔は六条御息所の生霊(とされている)に呪い殺されてしまった不憫なお人、その姫君が玉鬘。右近との再会が感動的です。みんな夕顔のこと大好きでこちらもほっこり。右近の夕顔語りが推しを語るオタクのそれでした。ぜったい早口で話してる……。玉鬘を引き取った光君、なぜ堂々と「実の娘」だという嘘をついてしまうのか……。なんとしてでも自分の手もとに置いておきたいという下心がありすぎるよ……。

 

初音

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 年が明けて元日。おめでたい雰囲気。正月のあの琴の音が聴こえてくるようです。明石は娘と離れ離れで出てくるたび胸がくるしい。ほかの女君たちとくらべてやはりすごく繊細な感じがあるし上品で、光君がやたら特別視する気持ちが伝わってくるな~。明石の鶯の歌すてき。
 明石のところに泊まって朝帰りした光君の紫の上への言い訳が絶妙にダサくておもしろかった。あと末摘花の鼻を馬鹿にするのはもうやめてください!!! でもなんだかんだ(?)で面倒をみる光君、このふたりはどうやらきょうだいのような仲になっているそうです。

 

胡蝶

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 楽し気な船での音楽会。煌びやか~。玉鬘はよりいっそう男たちに噂され手紙をもらいまくる。その手紙を品定めしてゆく光君……。首突っ込みすぎぃ。自分の弟の手紙まで読んでるし、兄に読まれるのめちゃくちゃ嫌だろうな……。心配なのは柏木が玉鬘に求婚していること、光君の娘ということになってるからだれも知らないけど、柏木にとって玉鬘は実の姉、ぎゃん……。そして結局父親の体でいながらしっかり玉鬘に言い寄る光君、控えめに言って気持ち悪いぞ……。でも玉鬘がめちゃくちゃ拒否していてよかった。返歌もしない素っ気ない返事でいい気味だ。ああ玉鬘、あなたはせめて不憫な道を歩まず生きていってほしい。紫の上がどんどん強気な発言してくれるのでそれも楽しみのひとつ。もっと光君に嫌味ぶちこんでくれ。

2023年ベスト約10冊

今年は京都の下鴨古本まつりに行けたことがよかったです

 

 ついに2023年もあとわずか、私このあいだ「2022年もあとわずか」と書いたばかりのような、ということも去年書いた気がする。あっというまだと思っていても、たしかに一日一日を過ごしてきました。今年はみなさまどんな年でしたか、相変わらず悲しいこともたくさんありますね。来年は、どんなふうに生きていく? 私は週にひとつ映画を観る習慣をつけるのと、月はじめにひと月ごとの読書計画を立てようと思ってます。それからなるべく世界に参加したいと思います。

 というわけで、という言葉はたいへん便利なのでよく使ってしまうのですが、実はなんにも「というわけで」ではない。けれど毎年恒例の、今年のベスト本を紹介します! 読んだ順です。

 

月面文字翻刻一例/川野芽生

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 もうタイトルからして好きじゃないですか、好きなんですよ。「月面文字翻刻一例」、なんて声に出したいタイトル。珠玉という言葉がとっても似合う掌編集。川野芽生さんが紡ぐ作品はいつも美しく、近づきがたく、それでもどうしても近づきたい、触れたい、ゆるされたい、そんな感想を抱きます。これまでに「この仕事してえな…」と思ったのは石並べ屋なのですが(月に行ったら月に行ったら石並べ屋をやるいまは震えてるけど/雪舟えま)、月面文字翻刻一例を読んで「月の面に文様を彫る仕事」もやってみたくなりました。でもとうてい楽な仕事ではないらしいです。

 


黄色い家/川上未映子

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 お金に翻弄される少女たちのノワール小説。貧乏であることが招いた悲しく切実な現実を描きながらも、たしかにお金では買えないかけがえのなさも手にする青春小説としての一面も。お金というのは、単体で見ればただの物質であるのに、悔しいくらい価値があるもので、お金っていったい……と読んでいてわけがわからなくなったりもしました。お金が欲しい、お金があれば、というただその思いを抱きながら花たちのとった行動を、犯罪という言葉ひとつでまとめてしまうことはできない。
 そういえば近所にきれいに壁が黄色く塗られている、まさに黄色い家があるのですが、前を通るとき勝手に思いを馳せています。あの家のなかでも、アンメルツヨコヨコで大笑いするような、そういう瞬間があったりするのかなあ。

 


うるさいこの音の全部/高瀬隼子

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 単行本が出ておりますが私は文學界に掲載されたときに読みました。いやまじで本当におもしろい、もう二回目の芥川賞受賞でいいんじゃない!!!??と思いました。創作が現実を侵食していく、現実が創作を侵食していく。書いていることがすべて作家の本心なのか、いやそんなわけはないけれど、周囲からの声、うるさい音。そういったものに翻弄されていく作家の様子が描かれます。文章なのに音が聞こえてくる…!創作をする人、そして読み手として作品を楽しむ人、なんかもう全員をぶっ刺してくる作品でした。

 


自由研究には向かない殺人/ホリー・ジャクソン(訳 服部京子)

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自由研究には向かない殺人、優等生は探偵に向かない、卒業生には向かない真実、このシリーズ最高……! ミステリとしても上質、なにより登場人物の心情を描くのが本当に丁寧で、三作目への伏線もばっちり、一体どこからどこまで考えて書いてるの……!? 主人公ピップを本当に応援したくなります。来年は前日譚が出るらしいじゃないですか、三巻目のその後も気になるところではありますが、またピップに会えるのがうれしいです!感想書きました!

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回樹/斜線堂有紀

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 とりあえず読んでください!!!!!!!!!!!!!!!!恋人への気持ちが薄らいでいるのを自覚しているとき、愛をわかりやすく計測する方法があるならどうする!?試したくなっちゃうんじゃないですか……!?この作品はもうだれがなんといおうと最高です、私のベストです、本当に読めてよかった、読んでください!!!!!!!!以上です!!!!感想書きました!!!!

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ハンチバック/市川沙央

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 紙の本が好き、ページをめくることが好き、紙のにおいが好き、「本好き」には紙の本へのこだわりを持つ人が多いと思います。私もです。けれど紙の本を読むとき、そこにいままで重さを感じたことはなかった。いや仮に感じたとしてもその重さがいいと思っていた。分厚さは、価値だった。その考えをすべて否定する必要はないけれど、重くて本を持つことができない人もいるということ、どうしてそのことにいままで気づいてこなかったのだろう。視界に入ってこなかったんだろう。「本好き」のみなさんは、この作品をどう読んだのですか。私は負うべき傷を負ったと思いました。そしてその傷は、まったくたいしたことのないものです。

 

いい子のあくび/高瀬隼子

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 声を大にして言いたいのですが歩きスマホをしている人全員読んでください!!!!!!!!!!!!以上です!!!!!!!!!!!!!!!!!!感想です!!!!

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生きる演技/町屋良平

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 文藝秋号掲載、一挙550枚(!)タイトルからして読むのが少し怖くて、だってあまりにもストレートなタイトルだから。たぶん本当にいつでも本当の自分をさらけ出している人っていうのはいなくて(そもそも本当の自分ってなに?)、演じながら生きていることをどこまでも抉り出す作品。

先ほどまで言っていた本当が嘘に引っ張られてリアリティが歪むのだろう。でもあなたたちはそれでいいのかもしれない、でも私たちはフィクションを生きているわけではない現実を生きているのに?

 そう私たちは現実を生きている。その現実を、演じないと生き残れない。ぜんぶ見透かされてしまいそうな、こわい小説でした。

 

 

受け手のいない祈り/朝比奈秋

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 文学界12月号掲載。地域で唯一となった救急センターで働く外科医の話。自分が働くところしか救急受け入れ先がないので、不眠不休で働き続けるが、同期は過労死。人の命を救うため、休むことはゆるされない。医者の休みはなぜ問題にならないのか?という問題提起をしつつも、まったく予想外のラストに着地。最初から最後まで壮絶な小説です。どうして芥川賞候補にならなかったのか、私にはよくわかりません。候補になってと祈り続けましたが受け手がいなかったもようです…………

 

 

世紀の善人/石田夏穂

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 すばる1月号掲載。今年いち笑った小説です。誇張なしで本当にゲラゲラ笑った。職場にいるクソみたいな上司たち、奴らは編集用ファイルを自分の手でPDF化すると死ぬ、差し入れのお菓子の包装紙を自分の手で破くと死ぬ、自分の手でお茶を用意すると死ぬ、階段を使うと死ぬ、女の言うことを聞くと死ぬ!!!!!!!!!!繊細な絶滅危惧種!!!!かんそう!!ヨメゾウ!!!

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 そんな感じの約10作です。読んでほしいものばかりです。みなさん来年もどうぞよろしう、よいお年をお迎えくださいね。

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源氏物語を読んでる(薄雲~少女)

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 ついに源氏物語上巻を読み終えました! 訳者あとがきにも「読みやすさを優先した」とあるとおり、たしかに読みやすかった(とはいえ私は本作で源氏物語にはじめて挑戦したので比較対象はないのですが……)。
 登場人物が多いのと相関図もややこしいのでメモは必須でしたが、光源氏が誰に対してどんなふうに思っているかがわかりやすかったので、感情が乗りやすかったです。あとときたま出てくる「やれやれ光君はまたこんな調子のいいことを言っていますね」みたいな作者の声もよかった。
 というわけで、薄雲~少女です!

薄雲

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 わびしい大堰に住む明石に近くに住め住めと言う光君。でも明石はずっと「私なんか……」とうじうじ悩む。それならせめて姫君だけでもと結局葵の上に世話を頼むことに。だれよりも寵愛されてかわいい子の世話もさせてもらえて(知らん女の娘の世話するの嫌だと思うけど葵はそうでもないらしい)、優遇されてる葵に比べて明石ってやぱり不憫……。
 そしてついに藤壺が息を引き取ってしまう。ていうか藤壺まだ37歳だったのか……。光源氏とたいして変わらないよね? や、たしかに桐壺院の後妻だったしそんなものなのか……。勝手に60歳くらいだと思ってた。でもこの時代そんなに長生きするほうが珍しいか……。
 帝が自分の出生の秘密知っちゃった!!!!僧、言うなよ……自分が楽になりたいからって……。あまりに帝がかわいそすぎる。帝にとって光源氏は兄のはずだったからそれをいきなり実は父親だったんだって……いやすぎる……。
 梅壺に母のことを懺悔しながらもちゃっかりまた口説いている。でもすごく嫌がられてて正直草。

 


朝顔

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 朝顔ってだれだっけ?と読み返したら帚木で名前が出てた。朝顔と歌を贈ったらしいよとうわさ話にされていたね。光源氏がめちゃくちゃ調子乗ってたときの人だ(今もふつうに調子乗ってると思うけど…)。
 もう痛い目見たくないからと光源氏の誘いをことごとく断る朝顔。いいぞ!がんばれ!!!でもそれが光源氏の「おもしれー女」スイッチ入れちゃった。めっちゃ通うようになる。
 源典待のまさかの登場にうけた。年をとっていながら色気を使ってくる人よね!? まだ光源氏になにかを期待してる…。光源氏はつれないけど、しかしここでもし源典侍にもなんかいい感じの歌を贈っていたら私ちょっと見返したかもしれない。
 夫婦は極楽浄土で同じ蓮華に座れるらしく、自分がいつかそちらにいったとき藤壺と同じ蓮に座ろうとしている光源氏……。コラコラ……。


少女

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 若君と姫君のロミジュリ的な話。葵の上との子って今までほとんど出てこなかったけど、あんまり光源氏との仲はよくない?というかなんか確執ありそう。
 姫君は頭中将の娘。頭中将は葵の上の兄でもあるから若と姫はいとこ同士。親戚同士の結婚をゆるせない頭中将。あと弘徽殿女御じゃなくて梅壺を后にしたことを根に持っていて光源氏との友情にちょっと亀裂が入っていて心配。ふたりにはズッ友でいてほしい。
 ロミジュリかと思ってたら若君ふつうに違う姫に心移りしてる。心移りというか二人とも好きになってる。血筋……!! あと少女で「おとめ」と読むのいいよね。


 中巻・下巻は来年に持ち越しです。紫式部大河ドラマもはじまるので並行して楽しめたらいいなと思います!

 

 

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源氏物語を読んでる(蓬生~松風)

 だいぶ間があいてしまいました。今年一年で上中下巻を読む目標だった源氏物語、なんとかぎりぎり上巻を読み終えるペースです。目標や計画とはなんとその通りにいかないことよ。

 というわけで蓬生から松風までを読みました。

 

 

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蓬生

 光源氏が須磨にいたときの京の女たちの話。末摘花なつかしい……! 赤い鼻だと光源氏と紫の上に馬鹿にされてたあの……(思い出し怒り)

 光源氏が須磨に行ってしまってからどんどんさびれた暮らしになっていたそう。でも光源氏が帰京して再会。紫の上に夢中なくせに「私の心は変わらず」とかしれっと言っている。
 そこにすかさず天の声「そんなに深く思っていないことでも、いかにも愛情をこめたふうに言えるのが光君」。シンプルにクソ野郎か!?

 

関屋

 う、空蝉~~~~~~~~!!この方もなつかしい。私の推しのひとり。夫である伊予介と遠くに行っていたけど帰京。そして懐かしの小君も再登場~~~!小君と空蝉のほんわか姉弟物語とかをずっと読みたい。
 空蝉は光源氏になびかず出家。そういうところ推せるよ……!

 

絵合

 あの六畳御息所の娘、前斎宮が登場。入内させようと画策しているけど前斎宮は弘徽殿大后の息子である朱雀院のお気に入り。でも朱雀院の弟の冷泉帝と前斎宮が夫婦に。なんかドロドロしてる……。ナチュラルに妻が二人いたりするからめっちゃ心配になる。しかもひとりは弘徽殿女御。二代目だけど弘徽殿女御はつねにラスボス感あるから……。
 みんな絵が好きだということでなんか絵バトル勃発した。光源氏の美しさには結局誰も敵わないのか……!?

 

松風

 明石が京に来た!!! 都ではなく明石と風情が似た景色のいいところにお引越し。明石をたつとき、父と感動的な別れになっていたけど、そういえばこの父親、娘をいいところに嫁がせようと躍起になり、嫁ぎ先がなかったら明石の海に身を投げろみたいなこと言ってなかったっけ……?
 でも手のひら返しというか急にそれまでの態度を変えておよよと嘆き悲しむ人たちはもういろんなところで見てきたのでいまさら何も言いません。
 紫の上の面倒な女感にどんどん磨きがかかっている。森で碁を打つ童子たちを見ている間に斧が朽ち果てたというたとえ話を出し、明石のもとへ行く光源氏に「斧が朽ち果てるまで戻ってこないのかしら」とか言っちゃう。煽りスキルが高い。
 明石と光源氏はなんだか仲良しなかんじ。いきなり明石の娘出てきてビビった。いつ生んだっけ!!?と混乱したけど澪標で生んでいた……。ふつうに忘れてた。だって源氏物語読んでると「エッ!?いきなり生まれた!?あ、あのときそういうことだったん!?」みたいなことがよく起こるから……。
 そして明石の姫君を紫の上に育ててみる?とか提案している光源氏、おまえはなんなんだ!!??

 

 上巻も残すところあと三帖、光源氏のクソっぷりからますます目が離せません。

 

 

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