今日もめくるめかない日

三日後にいるひと

 

f:id:mrsk_ntk:20210416203148j:plain


 つむぎはいつも三日後からやってくる。
 壁も天井もパイプベッドもひとつも味気がないくせに、窓から差し込む日の光だけはやたらとまぶしい病室で、清澄が言った。ヨーグルトを所望したから、売店で買ってきたものをわたしたときだった。
 もしかしてぼけのはじまりなのか。突然おかしなことを言うから、まずそう思った。清澄は来月七十歳を迎えようとしている。認知症で入院しているわけではないが、その可能性も十分考えられる年齢になった。清澄はけれど、視線を僕のほうにまっすぐと向け、一音ずつはっきりと同じことを口にした。太い声だ、およそ老人とは思えないくらい。もちろん、ぼけているようにも見えない。
「つむぎはいつも三日後からやってくるんだ」
 もう骨と皮しかなくなったようなか細い指で、とろんとヨーグルトを掬い上げる清澄。いくら声がしっかりしていても、体は老いにおおわれている。
 清澄の体ごと溶かしてしまいそうな日差しが怖くなり、カーテンを閉めようとした。昨日と同じ場所で蝉が鳴いている。必死にだれかを呼んでいる。
「いやいい、いい。閉めなくても」
 目を細めながらも清澄が言うから、そのままにした。

 清澄は、持っているものが少ない。入院が決まったときに家から持ってきたものといえば、川端康成の「みずうみ」と、薄汚れた赤と白のお手玉二つ(ときどき感触をたしかめるように握っている)、あとは最低限のタオルや着替え。すべてつむぎが用意した。
 清澄が脳卒中で倒れたと聞いたときはひやっとしたが、連絡をくれたつむぎがまったく慌てていなかったので、そんなに心配しなかった。実際、二週間の入院と退院後のリハビリが余儀なくされたが、命に別条はないということだった。
「命に別条はないって、テレビとかではよく聞くけど直接言われるのははじめてだわ」
 清澄が倒れて緊急入院した二日後、病室でつむぎがからからと笑った。清澄は気持ちよさそうに眠っていた。一度失った意識は、すぐに取り戻すことができたらしい。
「ていうかご無沙汰だね、よんくん。働くようになって、忙しそうじゃない。一年ぶりくらい? 正月は来れなかったもんね」
 つむぎは昔から僕のことを「よんくん」と呼ぶ。名前が「よなが」というので、小さなころは「よっくん」と大人たちからは呼ばれていた。舌足らずのときはうまく発音できず、「よんくんはねえ」などと自分のことをそう言っていたのだ。それをつむぎがおもしろがって「よんくん」と呼称するようになったが、気づけばもう二十年以上この呼び方である。
「一年も経ってない、お盆に会ってるから」
 昨年の八月、仕事が休みになったから、清澄の家に出向いた。そのときつむぎは、とうもろこしを茹でて出してくれた。あれももう十一か月も前のことだから、ほぼ一年と言ってもおかしくないが、僕はすこしむきになって一か月分を訂正した。
「あ、そうか。まだ一年経ってないか」
 ごめん、ごめんとつむぎが軽く僕の肩をたたいて謝る。よんくんという呼び方もそうだが、どうもつむぎはいつまでたっても僕を子ども扱いしているような気がする。それも年齢の差を考えるとしかたのないことなのかもしれないが。
 肩をたたくつむぎの手をとって、握った。そっと指をからませると、「こらこら」とつむぎが困ったように目を伏せた。今年で五十になるつむぎ。手は、前よりも皮膚が薄くなった。目じりに浮かぶしわも、長くなっているように見えた。
「よんくん、いくつになったんだっけ?」
「二十五」
「へえ」
 自分から訊いておいて、そこから会話をひろげる気はないようだった。そのとき清澄がもぞりとベッドのなかで動いたから、つむぎがぱっと僕の手を離した。
「起きたかあ、きよちゃん」
「いや、ああ、つむぎ。迷惑かけた」
「うん、いや、ぜんぜんだよ。そんなこと言うなんて、けっこう弱ってるね」
「よながも来てくれたのか」
「うん、心配したんだよ。急に倒れたって言うから」
「いや驚いた」
「まあ、まあ。何事もないようだから」
 からだを起こそうとする清澄を、つむぎが支えた。太陽が高く昇りつめた頃合いだったから、窓から入る日差しのせいで二人ともまぶしそうにしていた。僕が色あせているクリーム色のカーテンを閉めると、つむぎが「あんがとね」と言った。カーテンを閉める前、窓から見える椚の幹に、大きな蝉が止まっているのが見えた。

 清澄は、僕の伯父にあたる。父と十くらい離れた兄で、静岡の海沿いの街にある実家で暮らしている。所帯を持ったことは一度もなく、祖父母が亡くなってからは一人でそこに住んでいた。
 正月や盆には親戚一同がその実家に集まる風習になっていたから、清澄のことは小さなころから知っている。「よっくん」あるいは「よんくん」という呼び名が定着していたが、親戚のなかで清澄だけが僕のことを「よなが」と呼んだ。それが僕には大人として扱われている気がしてうれしかった。小学校に上がったころ、僕も真似をして「きよすみ」と呼び捨てた。母には怒られたが、清澄は「いやいい、いい。きよすみで」とたわやかに笑った。
 清澄は背が高くて色黒で、あまり笑わない人だった。怒ったら卓袱台でもひっくり返しそうな、いかにも頑固おやじといった風体をしているが、ときたまそんなふうに笑うことがあった。そしてそんなふうに笑いかけられることが、僕にとってはうれしかった。
 たとえばお年玉のポチ袋はキャラクターものではなく水引がついているものを用意するところ。「東京に住んでるんならこんな田舎にいたらつまらないでしょ」と妙に気を回そうとする親戚を押しのけて釣りに誘うところ。「よっくんにはまだ早いよ」と言われるのもおかまいなしに、川端康成井伏鱒二の小説を読ませようとするところ(これは親戚の懸念どおり、僕にはまだ早かったが)。清澄は僕を子ども扱いしなかった。甘やかしたりしないところが、居心地よかった。だから親戚のなかに同じくらいの子どもがいなくても、その家に行くのがいつも楽しみだった。

 清澄とつむぎの睦まじさを知ったのは、中学三年生に上がったころだ。つむぎは祖父の弟の娘、つまり父や清澄にとっての従姉妹になる。つむぎも実家に近い場所に住んでいるから、正月や盆だけではなくとも行き来はしていたようだった。
 清澄がたわやかなら、つむぎは粗忽だった。
 たとえばお年玉のポチ袋を用意し忘れて、現金をそのままわたしてくるところ。お節料理と一緒に出たサザエのつぼ焼きを食べるとき、むんずと身を引っ張って肝の部分を殻のなかに置いてくるところ(清澄いわく、この肝がいちばんおいしい)。たまに清澄と僕の釣りについてきて、静かに釣れと言われているのに釣竿を力いっぱい海に投げ込み、魚を追っ払ってしまうところ。清澄とつむぎはまるで正反対だった。けれどそれがどういうわけかいい方向に作用していたのだろう、清澄とつむぎが二人でいると空気がいつもなだらかに整うような感じがした。それは凸と凹がうまくはまりこんでいくのを見ているみたいで、気持ちがよかった。
 清澄が「つむぎ」と呼びかけるときの声が一層おだやかで、僕もやはり真似をして「つむぎ」と呼ぶようになった。予想どおり母に窘められたが、つむぎも清澄と同じように「いいよ、つむぎで」と笑った。
 僕が中学二年生のとき、祖母が老衰で亡くなった。翌年の正月に一人減ってしまった会を一同で惜しんだあと、まさに追いかけるように祖父も静かに息をひきとった。二年連続で行われた葬儀はどちらも清澄が喪主をつとめることとなり、最中はずっとばたばたと動いていた。葬式が、当事者がせわしなく動くようにできているのは悲しみを紛らわすためだと聞いたことがある。清澄は、ついにどちらの葬儀でも涙を見せなかった。
 それを見たのは、祖父の四十九日を終え納骨も済んだあとだ。実家の居間で親戚中が祖父と祖母の思い出話をしているなか、清澄とつむぎの姿が見当たらなかった。気になって家のなかを探すと、二人は祖父の寝室で遺品を整理していた。手伝おうと部屋に入ろうとしたときに、清澄が深く沈んでいくような重い溜息をついたから、思わず足を止めた。
 清澄は基本的に無愛想だが、人に暗い顔を見せることはなかった。だから驚いた。清澄は、息をひそめて泣いていた。その肩を、いつも動きががさつなつむぎが、うやうやしくさすっていた。
「さびしいね……」
 つむぎがゆっくりと声を落とした。清澄の全身に、つむぎのその声が浸透していくみたいだった。清澄は、ただただゆっくりと、泣いていた。
「きよちゃんのそばには、わたしがいるからね」
 うん、うん。つむぎに抱き寄せられている清澄は、子どもみたいにうなずいていた。泣いている清澄からも、清澄をやさしくなだめるつむぎからも、目が離せなかった。そのうちに、つむぎだけが僕に気づいて、困ったように目を伏せた。それから、声を出さずに口を動かした。
 ないしょね。
 たぶん、そう言っていた。
 当時は、なぜつむぎを見て心臓がさざめくのかわからなかった。

 祖父母が亡くなってから、お盆や正月に集まることが減っていった。けれど僕は清澄とつむぎに会いたかったから、父たちが来なくても一人で静岡まで電車を乗り継いだ。つむぎは、いつの間にか清澄と一緒に住むようになっていた。つむぎの親も、早くに亡くなっていたから移り住むのは身軽だっただろう。
 大人たちは、清澄とつむぎの関係に気づいていたと思う。父もときどき「どうだった」なんて訊いてくるが、「いつもどおり」と答えれば、それ以上は口をむすんだ。
 二人の家は、終着駅にある。熱海まで新幹線に乗り、いつもそこから鈍行列車で下っていった。終点が近づくにつれ山深くなり、車両に残る人も減る。東京のような満員電車になることなんて大型連休でもめったになく、乗っているあいだはレールと車輪がこすれる音だけが響いていた。ゆっくりでも確実に前に進んでいるとわかるこの音は、嫌いじゃない。
 前に、「伊豆の踊子」を読みながら電車に乗ったことがあって、けれどつむぎに「よんくん、ベタすぎるよ」と笑われたので、それ以降はレールの音に耳を澄ませることにしていた。
 途中で車両の切り離し作業が行われるから、終着駅につくころには電車は三両ほどしかない。こんなに短い電車に乗っていたのかと、降りるときはいつも驚く。
「よんくんが来てくれて助かるよ。きよちゃん、うれしそうだもん」
 いつだったか、清澄が寝たあとに、つむぎがそんなことを言った。あのときはたしか、二人で酒を開けていた。つむぎはそう言ったけれど、清澄は相変わらず感情を顔に出さない。それにもう三人で釣りには出かけることもなくなった。清澄の体は、着実に老いていた。
「つむぎは?」
 たずねたら、つむぎは僕の質問の真意をとらえそこねたようで、すこし間抜けな顔をした。
「つむぎも僕が来てうれしいかって訊いた」
 そう言うと、「ああー」とつむぎが間延びした声を出す。
「いやうん、うん。うれしいよ」
 清澄とつむぎは、なんとなくしゃべり方が似ている。だから大げさではなく、僕はときどきどちらと話しているのかわからなくなるときがあった。昔からそうだ。ただ、そのとき目の前にいたのは間違いなくつむぎだった。そっと手にふれたら、「こらこら」と言いながら、つむぎが僕の手を避けた。

「三日後ってつまり、すこし遠いところから来るってこと?」
 窓から外をのぞく清澄に声をかける。この病室は四階にあるが、景色がいいわけではない。椚が見えるほかは、だだっ広い駐車場くらいしかのぞめなかった。それなのに清澄は、熱心に外を見ているようである。
「いやうん、……うん。まあ、そんなところだ」
「ふうん」
「同じ家にいても、つむぎだけ三日後にいるみたいなんだ。若いからかな。おれよりも未来にいるみたいで」
 若いと言ったって、つむぎももう五十だ。そんなことを言ったら、僕は一週間後から来ていることになる。
「よながは、近い。不思議と」
 僕のこころを読んだみたいに清澄が言った。びっくりして黙ったら、清澄が「あ」と短く声を出した。なに、とたずねると「うん」と清澄が気恥ずかしそうに口ごもった。昔はこんな表情もつくらなかったように思うが、筋肉とともに、表情も弛緩しているのだろうか。
「昨日は、泊まっていったのか」
「うん」
 仕事が休みの土日でここへ来た。父は時間がつくれなかったなんて言っていたが、たぶん清澄とつむぎに会うのがただこわいのだと思う。どういうふうに接すればいいのかわからないのだ。清澄もそれを察しているみたいで、父の話題は出さなかった。
「つむぎは仕事のあとに来るって」
「いや、うん。うん」
 清澄がこくこく首を小さく振ったときに、つむぎが病室に入ってきた。
「おーい。来たよー。うわ、暑そう」
 言うなり窓辺のカーテンをつむぎがしゃっと閉めた。清澄は、今度はなにも言わなかった。
 そこで、つむぎが来るのを待っていたのか、と気づいた。
「よんくん病院までバスで来た?」
「うん」
「今日帰るんでしょ? 東京」
「うん、明日仕事だし」
「わざわざあんがとね」
「うん、まあ」
 僕とつむぎが話しているのを、清澄がじっと聞いている。これは昔からだったかもしれない。三人でもいても清澄があまり話さないから、このかたちになることが多い。
「あ。きよちゃんヨーグルト食べてるんだ」
「よながに買ってきてもらった」
「うん、うん。あんがとね、よんくん」
 十一か月ぶりの再会といっても、とくべつ多く話すこともない。また来月の盆にも来るつもりなのだ。そろそろ帰ると告げると、「駅まで送る」とつむぎが車の鍵を見せた。清澄に「じゃあ」と声をかけると、「うん」と手を振った。

「つむぎは三日後から来ているみたいだって、清澄が言ってた」
 青い軽自動車だった。清澄はもう五年ほど前に免許を返納しているからつむぎの趣味だろう。僕は赤信号で止まったときに清澄の言葉を伝えてみた。
「同じ家にいても、つむぎは三日後にいるみたいだって」
「ふうん」
 つむぎが口を尖らせた。すこしいじけているようだった。信号が青に変わって、つむぎがゆっくりとブレーキからアクセルに踏みかえる。
「それ、反対だよ。きよちゃんが、いつまでも三日前にいるの。歳をとるたびにね、明日を迎えるのがこわくなってるんだよ」
 車がまっすぐに進んでいく。清澄のいる病院はこのあたりではいちばん大きいが、それももう見えない。
「つむぎは、これからどうするの」
「どうするって?」
「清澄と、ずっと一緒にいるの」
 そこで急ブレーキがかかった。横断歩道もないのに、目の前を人が横切ったのだった。暑さのせいで、フロントガラスから見える風景には陽炎ができていた。
「ああ、危なかった」
 それきりお互い黙ってしまった。運転するつむぎに視線をやると、たるんだ二の腕に汗がにじんでいるのが見えた。ちょっかいをかけて、つむぎを困らせて、「こらこら」と言わせたかったけれど、運転中だから我慢した。またどうせ来月も来るのだ、それを言い訳にして、僕は結局それ以上なにも言わなかった。

「じゃあ気をつけてね」
 三日後にいるみたいだと言っていた清澄の気持ちは、なんとなくわかる。何度会いに来ても、つむぎは僕にとって叔従母だった。同じ日にいない、すこし遠いひとだった。
 つむぎが清澄との家に帰っていく。僕は東京に向かう電車に乗る。
 東京に向かう電車のなかでも、レールの音はしずかに響いた。

 



(レール、3日後、当時)をお題とし、恋愛小説で。
お題はにねさんと決めました!
ありがとう!たのしかった!

にねさんの作品ページ(小説投稿エブリスタ)

作品名「三日後に散るのを待っている」

estar.jp