今日もめくるめかない日

「イ・オ・ン」と唱えれば本当に自分も飛べると思ってた

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 昔わたしは痛かった。相当痛かった。というのも自分の思考回路がすべて少女漫画や小説に乗っ取られていたからである。自分へ密かに想いを寄せている男の子がいると思っていたし(やばい)、自分の家がいつか下宿にならないか本気で望んだし(まだ許せる)、筆箱を隠されたときは「好きな子ほどいじめたい」のアレだと信じたし(現実見て)、幼馴染みと転校してきた男の子がわたしを取り合う日がくるのではないかと夢想したし(現実見て)、わたしには未知なる力が秘められている、目覚めるのはいつだろうとか考えていた(まだ目覚めていないよう)。
 書いていて悲しくなってきたけど、まあとにかく痛かった。心の中で思っているだけならまだ可愛げがあるが、わたしの厄介なところは夢見がちな思想を実行に移してしまうところだった。

 

 

「りぼん」がわたしのバイブルだった

 わたしは生粋のりぼんっ子だった。読んでいたのはもう20年くらい前(20年!?)当時りぼんで活躍していた漫画家は、藤井みほな先生、高須賀由枝先生、亜月亮先生、小花美穂先生、吉住渉先生、椎名あゆみ先生、倉橋えりか先生、松本夏実先生、槙ようこ先生、森ゆきえ先生、津山ちなみ先生、少しあとに酒井まゆ先生……ってキリがないんだけど、わたしがとにかく超絶ファンだったのが種村有菜先生、有菜っちだった。

 がっつり「漫画」というものに触れたのは多分りぼんが初めてで、たしか出会いは友達の家だった。友達が毎月買っているのを見て、最初に何を読んだかは忘れてしまった……が、とにかく「おもしろーい!!」となって、付録に憧れて(トランプだったと思う。一枚一枚キャラの絵が描いてある、めっちゃかわいかった)、応募者全員サービスの品物が欲しくなって、親にねだった。わりとすんなり毎月買ってもらえることになった。

 小学生なので、恋愛というものをよくわかっていなかったようななんとなくわかっているような曖昧なときだった。でも転校生の男の子がやってきたときはやはりざわついたし、女子で取り合いというようなことも起こっていた気がする(田舎なのでそれまで男の子がクラスに二人しかいなかったのも、転校生に憧れを持った原因)。
 でもとにかく恋愛に憧れを持ち始めたころで、そんなときに出会ったりぼんがわたしのバイブルになるのは必然といえよう。
 あととにかく絵がかわいかった。ぜんぶかわいかった。よくカラー表紙は切り取ってファイルに保管していた。そのなかでもとくにわたしが好き!となったのが種村有菜先生だった。
 そのとき「神風怪盗ジャンヌ」を連載されていて、恋愛、怪盗、天使、悪魔、チェスの駒、変身、生まれ変わり……って夢見がちガールの心を掴むのにこれ以上のものはあるのか。ぶっちゃけわたしはジャンヌになりたいと思っていた。新体操のリボン振りたかった。ロザリオ欲しかった。
 りぼんに出てくる女の子は、みんな強くてかわいい。スーパー女子高生寿蘭みたいな底抜けの明るさを持っていたり、紗南ちゃんみたいなひたむきさを持っていたり、八重蔵のことを思いやる麻衣みたいな優しさを持っていたり(しかし今にして思えばよくりぼんで描いたなあという漫画だ。めっちゃいいと思う)、まろんのような健気さを持っていたり。りぼんの女の子たちは、全員わたしの憧れだった。「こんな恋愛してみたい」ではなく、「こんな女の子になりたい」という気持ちのほうが強かった。で、そんな女の子になれたら自然と同じような恋愛ができると思っていた。恋愛のバイブルというよりは生き様のバイブルだった。小学生のときの。

 

強くなるおまじない

 小学校を卒業してしばらくしても、りぼんを読んでいたと思う。そのころはもうお小遣いももらっていたから、「RMC」(りぼんマスコットコミックス!!!)をよく本屋で買っていた。ああ懐かしいなあーー寿らいむ先生の「紅MIXすぺしゃる」、朝比奈ゆうや先生の「近距離恋愛」「インチキ恋愛G」「偽りのライオン」、槙ようこ先生の「ソラソラ」、亜月亮先生の「Wピンチ」、亜月亮先生の「Wピンチ!!」、藤井みほな先生の「すーぱー☆プリンセス」、……こどものおもちゃ、猫の島、ベイビィ☆LOVE……ってキリがないんだって。ちなみに「NANA」は高校生で大ブームになるので、このころはまだ矢沢あい先生を知らなかった。すでにクッキーだったのかな。

 もうとにかく崇めていた有菜っちのコミックスももちろん買ったわけで、「かんしゃく玉のゆううつ」(懐かしさで涙出そう)、そして「イ・オ・ン」。

 

www.s-manga.net

種村有菜の初連載作品。ごく普通の女子高生だった依音は、「超能力」に夢中な天才少年・帝に恋したその日から、自分の名前を唱えると不思議な力が出せるようになって――!? 種村有菜が贈る、ファンタジック・学園ラブコメディ! 続編となる、13年ぶりの新作「イ・オ・ン」番外編32Pも収録! あとがき/種村有菜Amazonより引用)

 文庫で出ていた。欲しい。当時と絵柄は変わっているけど(当然ながら)、やっぱかわいいいいい。あと番外編32P!?やばいね。……まあそれは置いておいて、主人公の依音には特別な力がある。自分の名前をゆっくり「イ・オ・ン」と唱えると、物を浮かせることができる。これにはなんやかんやの理由があるのだけど、重大なアイテムとなるのが透明なガラスのような物質で、まあとにかくなんやかんやでこの物質が作用して依音の特別な力につながる(気になる人は読んでね)。
 この「イ・オ・ン」というのは、超能力を使うときの呪文のようなもので、でもそれと同時に彼女の強くなるおまじないだった。これを唱えると、なんでもできるような気になって、強さを手に入れることができるのだ。これを読んだのは中学生(コミックスを買ったからね)。まだりぼんを卒業できていなかったわたしは当然のように依音に憧れた。しかし力を使うのに重要なアイテムを持っていなかった。ガラスのような物質である。なのでシーガラスを持つことにした。
 

 シーガラスとは海に落ちてる波に打たれて丸みを帯びた瓶のかけらである(母曰く「ゴミ」とのことだ)。これをめっちゃくちゃ大事に持ち歩いて、ことあるごとに心のなかで「イ・オ・ン」と唱えていた。やばいな。目の前のシャーペンがふわっと浮くところを、一体何百回想像しただろう。自分が宙に浮いて注目されるところを何万回想像しただろう。ついには「わたしの名前じゃないからいけないんだ!」と「イ・オ・ン」ではなく、まじで自分の名前を唱えるようになった。ふざけんな。プールの水浮かせたかったわ。

 ほんと、ふざけんなと思うけど、当時はわたしのおまじないだった。依音が「イ・オ・ン」と唱えて勇気が出たから、わたしも勇気が出ていた。自己暗示すごいし漫画の影響力はとんでもない。

 

りぼんを卒業しても少女漫画はつねにそばにあった

 

中学生半ば、りぼんを卒業し別マに移行。「ラブ★コン」と「高校デビュー」で、やっと「恋愛への憧れ」が強まった。マーガレットはマーガレットでまたよかったよね……。先に挙げた二点は完全に大谷、ヨウ派だけれども、当て馬男子の魅力に気づく記事もあるからよかったら読んでください。

mrsk-ntk.hatenablog.com

 

 りぼんでは女の子自身に憧れたけど、ここは中学生、いや高校生になった身。「こんな恋愛してみたい!」と恋愛自体に強く憧れを持つようになる。中原アヤ先生、河原和音先生、いくえみ綾先生、山川あいじ先生、くらもちふさこ先生……今わたしが大人でよかった。読みたいと思ったらすぐ買えるからね。りぼんよりちょっと大人になって、林間学校で遭難したり体育倉庫に閉じ込められちゃったり突然昔引っ越した幼馴染みが登場したりなんとも思っていなかったはずの男友達に好意を持たれたりする恋愛に、憧れを持った。りぼんを卒業しても夢見がちガールは健在だったので。

 まあしかし実際のわたしはそんなにモテなかった。高校では何人か彼氏ができたもののすぐフラれていた。このへんもわりと黒歴史爆発してるのだけど、これはまた機会があれば。高校生活も少女漫画に毒されていたわたしは、「イ・オ・ン」と唱えることはなくても、やはりやばいところがあった。自分を少女漫画の主人公と思っている節があった。
 高校生の頃、ある男の子と付き合って、でもまあなんやかんやでうまくいかなくて、というのもわたしが勝手に「これは恋じゃない……」とか意味わからんこと考えて(少女漫画みたいにドキドキしたり四六時中その人を考えなくちゃ恋じゃないと思っていた)、ひとつ年下の子だったのだけど、振った。「友達に戻りたい……」とか言って振った。男の子は悲しそうな顔をしていた、ような気がする(わたしが勝手に美化しているだけかもしれない)。
 まあとにかく放課後、誰もいない教室で別れ話をして、このシチュエーションも少女漫画に毒されていたわたしにとって最高のシチュエーションだったから、別れ話をしているというのに気分は大盛り上がり。切ないはずなのに、その切なさを存分に感じていたわたしはまるで「主人公」だった。やばいな。

さらにやばいのが、その教室からグラウンドに向かって「わたしたち、ずっと友達だよーっ」とか叫んだこと。

 やばいの範疇を超えている。少女漫画の主人公にでもなったつもりなのか。そう、わたしは少女漫画の主人公になったつもりになっていた。そんなわたしの行動を言いふらさなかったあの子は、なんてできた人間だったんだろう。もう覚えていないかもしれないけど(むしろ記憶から消し去ってくれ)本当にありがとう。君のおかげでわたしの高校生活は地に落ちることなく終わった。

 

強い女の子になりたかった

 少女漫画に登場する女の子はみんなかわいかった。愛されていた。それがとても羨ましかった。わたしもそんな女の子になりたかった。ただの黒歴史というかあのころの思考回路はマジでダークマターなんだけど、とにかく強くてかわいい女の子になりたかったのだ。というか、なれると思っていた。なぜか知らんけど。「イ・オ・ン」と唱えれば、わたしも空を飛べると思っていた。まあ飛べなかったんだけど。

 魔法陣を描いてベームベームを召喚した気になっているころはまだよかった。クレヨン王国のジュエリーコンパクトで遊んでいたころはまだよかった。セーラームーンのステッキで「ムーンヒーリングエスカレーショ―――ン」とか叫んでいるころはよかった。かわいげがあるで済まされるから。

 今はもう名前を唱えたりとかしないし、自分の家が下宿になるとか夢想しない(なったらよかったのに……)。有菜っちがマーガレットで「猫と私の金曜日」の連載をはじめたときは「え、大丈夫か……?ここはりぼんじゃないんだ、ああああ表紙がまたファンタジックになってるわたしはかわいいと思うけどほかのマーガレット読者は受け入れてくれるのか……!?」と冷静に心配をできるほど大人になった。でもわたしはどこかでまだ、いちばんに憧れているあの告白シーンを再現出来たらと考えている節がある。フィンがアクセスに告白するシーンだ。「ずっと好きだったんだからぁっ……」って何回妄想したと思ってんだ。

 あの頃痛かったな、マジ黒歴史、はははっとか言えるほどには大人になれた。でも当時抱いていた憧れはたぶん一生嘘にならない。わたしは今でも強くてかわいい女の子に憧れている。そのおかげでたまにTwitterでポエミー現象が発生するからね。あいたたた。