今日もめくるめかない日

生活と不思議(レースの村/片島麦子)

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 一行目を読んだとき、「あっすきだ」となる小説にときどき出会う。わたしはこれをひと読み惚れとよんでいて、昨年この出会い方をしたのが「レースの村」(片島麦子/書肆侃侃房)、初出は同出版社から出ている文学ムック「ことばとvol.1」。文芸誌の良さに気づきはじめた延長で、なにげなく手に取ったのがきっかけだった。
 そして今年の四月に「レースの村」が単行本化されると聞いて、わくわく予約、本日読み終わったので感想を書く。

※ネタバレ含みます。

 

www.kankanbou.com


「レースの村」は表題作を含む四作からなる短編集。帯には「綻びのできたレースのように繊細で不可思議な世界を紡ぎだす四編の物語。」とある。この、「綻びのできたレースのように」以上にこの作品たちをあらわすことばってあるのか……と、読み終わった今この文言を見て、感嘆たる思い。
 レース、それは繊細で綺麗なもの、うつくしいもの、ついふれたくなるもの、眺めていたくなるもの。そういうものにできた綻び。それはちょっとした不穏分子だけれども、その綻びに重点を当てるのではなく、綻びを含めたレースの世界観を俯瞰的に描いている、そんなふうに感じる作品群だった。
 
 生活に不思議がまざっている(不思議が生活にまざっている)、個人的にこういうお話がとても好きなので「レースの村」はどんぴしゃ。お心当たりがある方ぜひ……!


幽霊番

 この作品がいちばん好きだった。大学の友人サクマの帰省になにげなく同行した「ぼく(ウツミ)」。サクマの村はとても奇妙、村人がひとりの幽霊と暮らしており、幽霊を世話する番が順番に、家ごとおとずれる(期間は一週間くらい、であれば周りから文句も言われない)。幽霊番ですることは、幽霊に夕食を用意すること。夕食時になると、女の幽霊がふらっとあらわれて、がつがつごはんを食べ、消えてゆく。村人にも、外からきたウツミにも姿は見えていて、なかにはその幽霊に魅せられて村に移り住んだという男もいる。
 作中、その幽霊はとても美人に書かれているわけではなく、むしろ食べ方もすごく汚らしい感じで、たぶん不気味な姿、だけどウツミは不思議とその幽霊に惹かれていき、ついにその幽霊の住処なのではと思われる「石」を盗んでしまう(この石が、幽霊番となる家に運び込まれる)。
 この作品、めちゃくちゃこわいんです。ホラー的なこわさ。幽霊に食事を用意しているのも村の様子も村人たちも、不気味。どちらかといえばシンプルな文体で(それもひと読み惚れの理由の一つなんだけど)、でもなんかすごく不気味な情景が思い浮かぶ。
 おもしろい小説からは、ときどきにおいがする。たとえばそれはごはんを食べている場面だからとかそういうことではなくて、その小説のにおい。幽霊番は、田舎で出てくる、漬物のにおい。別にくさくないし、気分が悪くなるようなものでもない、かといって気持ちが落ち着くようないいにおいでもなくて、じめっとしているような、ちょっと忘れられないにおい。

しつこく懇願するぼくをサクマは胡乱な目つきで眺めた。(27頁より/幽霊番)

 胡乱(うろん)、はじめて聞いたことば(ぐぐった)。けっこう、身近でないことばって、頭に入ってこないというかそのことばだけ浮いて集中できなくなることがあるのだけれど、この「胡乱」ということばがなんの違和感も不自然さもなく(いやぐぐりはしたんだけど)、わたしのなかにすっと入ってきてくれて、こういう文章でつむがれる感性が爆発している作品といえば、わかってくれる方いらっしゃいますか……笑

 ちなみに幽霊番はこちらから試し読みができるよう! ウツミが幽霊に惹かれていくさまはぞっとしつつもこちらまで取り込まれそうになる。

note.com


レースの村

 女性だけの村で育った卯月と、「騙されちゃ、だめよ」と云い、突然いなくなってしまったハルカ。サナさんの秘密の儀式を偶然目撃した卯月は、自分の知らない世界があることに気づいてしまう……(帯文言より)

 表題作。女性だけで生活する村、そこでは男性は獣と教えられたりする。ハルカは、おそらくそんな村の教えに疑問を持ち、出ていった。ハルカがなにを持って「騙されちゃ、だめよ」と伝えてきたのかは明確にされていないけど、卯月が住む村はどこかおかしい。宗教じみた、大人のいうこと第一に、育てられている感じがする。村ではキャベツを育てており、冒頭では夜盗虫によってレース状に食い荒らされている、とある。レース状に食い荒らされている……、こ、こんなうつくしい不穏なはじまりかたある……? このキャベツは物語終わりにも出てきており、卯月自身がキャベツの葉を噛みちぎる。レース状に食い荒らされているほうが、なんだか神秘的でありまた細々とした綻びができているような感じがするけれども、最後に卯月がそういうのもぜんぶまるごと思い切り噛みちぎったなら、それは(わたしは)いいなと思った。


空回りの観覧車、透明になった犬の話

 幽霊番もレースの村も、ちょっと不穏というか、読んでいて「油断できないな」と思っていたので、続く「空回りの観覧車」「透明になった犬の話」、こちらも「油断できないぞ」という気持ちを念頭に置いて読みはじめたのだけど、後半二作はほっこり、なんかほっとする話(読み進めることがたのしいことに変わりはないので、がっかりするとかではなく)。

 
 どれも新しくて、なのに懐かしい、なんだか不思議な短編集だった。これからも買ってゆきたいな~。
 あと書肆侃侃房、わたしのパソコンでは一発変換してくれぬのだけが悔しい思い。