今日もめくるめかない日

名刺、あるいはとなりに座るひとと「同じもの」を頂戴

 

 先日、保険の加入を検討し、前々から夫が契約していた保険会社のひとと話す機会があった。わたしはもともと保険には未加入であり、ものぐさな性格ゆえそういうの面倒、という思いもあったのだけれど、両親に「結婚したのだから保険を考えなさい」と言われ、やっと籍を入れた二年後、夫の保険の更新のタイミングで話を聞きに行った。

 ものぐさゆえ保険には未加入だったわたしだが、ちょうど最近、仕事でファイナンシャルプランナーへ取材をすることがあり、保険の話を聞いていたところであった。「保険屋さんにすすめられるがまま入る前に、自分にとって本当に必要な、手厚くても安い保険を選ぶべし」というありがたい教示をいただいたので、「保険屋さんにすすめられるがまま入らないぞ」という思いを持って、その日は臨んだのであった。

 ちなみにわたしはわりかし阿呆である。あまり賢い頭脳を持っているとはいえず、わたしが「最近FPに取材したからすこし保険のこと知ってるんだ」と言っても、夫は「とはいっても高が知れているだろう」という態度であった(自分だって知識ないくせに!)。

 

 夫と保険屋さんは前々から面識があり、仲がよろしい様子。夫が「妻の〇〇です」とわたしを紹介すると、保険屋さんは「ご結婚されてたんですね!」と、わあ〜っとお祝いムード。わたしはといえば、名刺をわたされるのを待っているが、一向にわたされない。

 もやり①である。前もこんなことがあった。夫と車屋さんに行ったときだ。車屋さんは、夫にだけ名刺をわたした。よくよく考えればおかしな話である。わたしはフェミニストではないし、「女性蔑視反対!!!!!!!!」と大声で言えるくらいの度胸もないし、とはいえ約30年、身体・性自認を女性として生きてきたわたしであるので、進んでいく男女平等への動きには賛同するし、あまりにミソジニーな事件には怒りが湧き上がることもある。ただその一方で男性の生きづらさがあることも承知しているし、とにかく男女平等というか人間平等になればよい……といった話はここまでにするけれども、人間平等ならば、わたしにも名刺をくれ!!!!!!!

 いや「名刺」自体がすごくほしいわけではない、一家に一枚私の名刺があればいいでしょうという考えなのかもしれない、ペーパーレスも進んでいるし、ビニール袋も有料なこのご時世、同じ名刺を同じ家に二枚わたすこともないのかもしれない。けれどそれならそうと言ってほしい。空気のように扱わないでほしい。たとえば「ペーパーレスの波に乗っかって、名刺は一組様一枚にしているのです」とか言ってもらえれば、な~るほど!と納得できるかもしれない。ただ仮にそういうやりとりがあったとしても、やっぱりその一枚は男性にわたされることがほとんどになるのだろう。いっそ電子にしたほうが……?名刺ほしいひとはコード読み込むみたいな。

 とまあ、こんな感じで「は????なんでわたしに名刺くれないんですか?????わたしは客じゃないんですか??????」とその場でキレることはせずとももやりはする(キレたら今度はカスハラになるんだろうか)。ちょっとここでは契約したくないな、という気持ちにもなる。わたしはペーパードライバーだから運転することなんてないんだけれども。でもお金はわたしも出すじゃん。けれどそれをたとえば夫に言ったところで、「なんで?」とか「そんなことで?」とか言われる可能性もある。いやおまえが名刺もらえなかったらどう思うよ。「名刺わたしてこない営業なんてだめだ」くらい言うよ、絶対。紙の名刺制度もそのうち廃止されていくのかもしれないけど、「名刺わたしてこない営業なんてだめ」なんですよ。だって名刺をわたしてくれない、それはわたしに自分を紹介する必要がないと思っているということだ。いや、名刺じゃなくてもいいよ、名刺をわたせばいいということでもない。ただ、名刺をわたした相手と、わたしのとなりに座るひとと同じように接してほしい。

 

 保険屋さんの話に戻ると、もともと面識のあるふたりは、お久しぶりの再会なのでなにやら話が盛り上がっている。ふたりともITへの知識があるようで(夫はそういう会社につとめている)、ず~っとなんとか言語について話していた。わたしは悲しいことになんとか言語を知らないので、もはやふたりが何言語しゃべってるのんという感じだ。小説の話してくれ、めちゃくちゃ盛り上げるから。こういうとき、黙って話を聞いているだけの自分にも腹が立つ。いやその話わからないんで保険の話しましょうや、と言えたら楽なのになあ。まあひと同士のコミュニケーションに口を挟むのは野暮というもの、きっとこれは性別なんて関係なく、話に入っていけるひとなら入っていける。でもちょっとくらい会話の糸口わたしにもちょうだい。被害妄想なのかもしれないけど、「妻さんはIT用語わからないっしょ?」みたいな空気がいやだ。わからないですけど!?!?!?!?だから話に入れないんですけど!?!?!?!?!?!!?本題に入る前にアイスティーなくなってしまうわ。これがもやり②であった。

 

 夫の保険の更新につき、今まで入っていた保険の説明と、これから入る保険の説明があったのち、夫が「どう思う?」とわたしにきいてきて、それまで保険屋さんはわたしに説明するそぶりを一切見せなかったので、意見を求められることの安心感。あ、世間で言われている「女性に意見を求めない風潮」、わたしは今まで職場でこれに遭遇したことがない(あるいは気づいていない)ので、どこか他人事のように思っていた節があったのだけど、そんなことないな。現にそのとき、夫がわたしに意見をきいてこなかったら、保険屋さんはずっとわたしに話を振ってこなかっただろう。わたしはそこでやっと口を開くことができた。FPから聞いた話をかいつまんで、今保険屋さんがすすめている保険に入るのは正直もったいないことだと思うというようなことを話したら、保険屋さんが急に「詳しいですね!!!」と身を乗り出してきた。今までまったくわたしに話を振ってこなかったのに、ちょうど仕事でFPに取材をしたんです、ということを伝えると、なんとそこで名刺をわたしてきたのである。

 えっここで名刺遅すぎない? このタイミングで名刺……? FPへ取材をしたわたしだから名刺くれたん? じゃあFPに取材をしていない女性には、名刺わたさないのん……? もやり③である。

 

 ちなみにその保険屋さんは、とても感じのよいひとだった。夫家族と昔から親交があるようで、その場では更新や新しく契約することはしなかったけれど、おそらくそこで引き続きお世話になるだろう。そして営業のひとの実績になるだろう。そしてきっとまた、いろんなひとのもとへ営業に行くのだろう。なんというか、「え???なぜこのタイミングで名刺わたしてきたんですか???遅すぎません???????」とかキレて言うことはないにしろ、最初に名刺が欲しかったです、とひとこと言えば、わたしはここまでもやらなかったかもしれない。こういうのはきっとそのひと自身が問題なのではなくて(そのひと自身の問題の場合もあるけど)、今まで世間や風潮をつくってきた人間なのであって、根づいたものはなかなか掘り起こすことができないものだとも思うのだ。だから、伝えていかなくてはいけないのだよなと思う。伝えてもいい世の中に、今しようとしているひとがたくさんいるのだよな。「名刺をわたしてこない営業」を糾弾したいのではない。名刺をわたしてもらえなかったことを、口に出せなかったわたしを糾弾したい。名刺をわたすタイミングでもやもやしましたよ、ということを知ってもらえれば、「このひと、もやもやしたんだ!」と気づいてもらえれば、彼の営業スタイルがなにかしら変化し、この先だれかのもやりは減ってゆくのかもしれない。もちろん、「私は名刺いりません」というひともいるだろう、そういうときは辞退して。

 伝えるということ、知ってもらうこと、そして知ろうとすること、気づくこと。なにより大事なことだと思う。このもやりを、わたしは今まで夫にも言えなかったけれど、今度言ってみることにする。わたしの場合、たぶんまずはそこからだ。

 

 これはすこし前の出来事だけど、こちらの記事を読み、思い出したのでつらつら書きました。「こんなことを言ってもしょうがない」は、これからいったん忘れたいと思う。これからも生きてゆくのなら、人間がもっと生きやすくなる世の中になりますように。わたしたちはだれも透明ではない。

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