今日もめくるめかない日

隠したいこと、隠さないこと(ブラザーズ・ブラジャー/佐原ひかり)

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 ここ一カ月ほどたのしみに、とってもたのしみにしていた本がやっと手元にやってきて、夢中で読んだ。

 

ブラザーズ・ブラジャー/佐原ひかり
すごくとりとめのなさそうな感想になりそうですが、とにかく愛を、愛をこめて感想を書く……!!!(すごくネタバレします)

www.kawade.co.jp

 とびら、とびらの紙が……!!
 レースみたいですてきだし、この檸檬はなんだろうと思っていたら書き下ろしの「ブラザーズ・ブルー」で判明。ひゃあ~~~~~~~すき……

 父の再婚によって新しい母と弟と暮らすことになったちぐさ。ある日ちぐさは中学生の弟が自室のなかで女性用のブラジャーをつけているところに遭遇する。
 ちぐさは、なんというか、ひとを傷つけないように生きていて、同時に自分が傷つかないようにも生きている。悪意はないけどその場をおだやかにたたむために嘘もつく。でもいつも嘘をついているわけじゃない。本心も話しているけど、でも、多くのひとがそれをおそれるように、本心のさらに奥にある気持ちは口に出さないようにしている。
 
 隠したいこと、隠していること、隠せないこと、隠さないこと。「ブラザーズ・ブラジャー」を読んでいると、「隠す」ことについて思考がめぐる。
 たとえば彼氏の智くんは、隠せない。

 

 なんでもないようにさらりと言ったけれど、手は汗ばんでいるし、力が入りすぎている。親切心の下から漏れ出すもろもろを、隠し切れていない。ほんとうに、考えていることが丸わかりだ。

 

 勉強を口実にちぐさを家に呼ぼうとするが、下心が見え見え。対してちぐさは、智くんと「そういうこと」になっても「まあいいんじゃないか」と思う。ただちぐさにとって問題なのは下着、智くんをがっかりさせないような下着を持っていないため、誘いを受けられない。そういう本心を、ちぐさは隠す。
 弟の晴彦は、隠さない。ちぐさにブラジャーをつけているところを見られても、「ファッションでつけている、ブラジャーはおしゃれ!」と自分の気持ちをそのまま告げる。だけど本当は、晴彦にも隠している本心というのがきっとあって、それは「男がブラジャーをつけるなんて変」という「多数」の意見があるということをわかっているから、できないことや言えないことなんかがあって、堂々としているように見える晴彦にもこわいことがたくさんあって、だから晴彦はすごく、すごくいとおしいのだ。
 ちぐさはひとを傷つけないように生きている。晴彦の部屋で、ふたりしかいない空間で、ちぐさはブラジャーを好きな晴彦を認めた。だけど晴彦とブラジャーを買っているところを友人に見られたときに、ちぐさは晴彦のことを「妹」と言ってしまう。そのずるさは、きっと多くのひとが持っているずるさで、でもちぐさはそんなずるさを本当の本当は憎んでいることもわかる。
 ブラジャーをつけている晴彦が、晴彦のほんの一面だけでしかないこと、見えなくても、隠している部分も、ぜんぶふくめて晴彦だったりちぐさだったりすること、そういう、わかっているようでわかりづらいことに、ちぐさとともに近づいていっているような、自分がすごくだれかのことをいとおしく思えるような、読んでいるときはそんな感覚がした。

 晴彦はやさしい。つめたい態度をとるけど、やさしい。晴彦はくつべらを使って靴をはいたり、サイズが合っていないズボンを自分で裾上げしたりする。とても丁寧になにかを扱う男の子だ。ちぐさのずるさが晴彦を傷つけてしまったあと、ちぐさが傘をなくして雨のなかずぶ濡れで帰る場面がある。そのとき、濡れたまま置いてあったちぐさのローファーに、晴彦が新聞紙を詰めてくれる。そのやさしさに、なんか胸がいっぱいになった。くつべらを使ったり裾上げをする晴彦のやさしさ。
 結局ちぐさは、いろんなひとを見くびっていた。見くびってなんかいないふりして、自分を下に置くふりをして見くびっている。まわりは案外、そういうの気づいてしまうんだよね。でもそうやって見くびっているだろ、ってちぐさに対して晴彦が思っていてもさ、ローファーに新聞紙詰めてくれるんだよ。晴彦……だきしめたいよ。

 ブラジャーをつける晴彦を理解するのが「良い人」の条件。今、わたしたちはいろんな多様性への理解や受け入れを求められていて、もちろんいろんなひとが住みやすい/生きやすい社会になればいいってわたしも心から思う。けれど悪気がひとかけらもなくても、差別なんかする気がさらさらなくても、理解や受け入れるのに時間がかかることだってある、そして、理解しないとという強迫観念に似た義務感みたいなのはたぶん違うんじゃないかって思う。
 ちぐさは、最初は「理解しないと」という義務感だったのかもしれない。(そういうふうに教えられてもいるだろうから)。ただ、ちぐさが晴彦と「仲良くしたかった」のは隠しようがない本心で、その本心が晴彦にもつたわるといい。晴彦は本心を言ったちぐさに対して「妹だって言ったくせに」と、きっと本心、自分が傷ついたことを言ってくれたよね。終盤、ちぐさが晴彦に対して以下のように思う場面がある。

 

泣かせたくないと思うけれど、泣けばいいのにとも思う。泣けばいいし、怒ればいいし、それよりもっと、笑えばいいし、よろこべばいい。

 

 これはもうさ、愛だよ。「良い人」になろうとしての気持ちじゃないよ、晴彦に対する愛だよ……。

 ちぐさと晴彦の関係になにかしらの名前をつけて分類したりするのはナンセンス。でもふたりの、ふたりだけの関係を、ゆっくり構築していってほしいと願わずにはいられない。

「ブラザーズ・ブルー」はそれからすこしだけ時間がたったあとのお話、晴彦の父親が出てきたり、ちぐさたちの関係性が、さらにいとおしいものになってゆく。

 

ピントが合うように、ありようがはっきりとわかる瞬間がある。今がそれだった。

 

 不思議と、ひとと対峙しているとき、こういう瞬間ってほんとうにあって、この瞬間というのは、信頼関係がすこしでもないとおとずれないものだとわたしは思っている。この一文で、ちぐさと晴彦の関係性が垣間見えて……うれしい……!!

 終盤、ふたりで海を見ている場面。

 

瞳に、海が映っている。
その海が目のふちからあふれる寸前で、こちらに向き直った。

 

 う、うおおおお~~~~~~~~~~~~(感動)
 このうつくしい描写、晴彦がこのときなにを思っているのか、も~~~いとおし……見えているものだけがすべてじゃないよ、ほんとうにさ……。

 

「ブラザーズ・ブラジャー」は第2回氷室冴子青春文学賞の大賞作品。受賞時のタイトルは「きみのゆくえに愛を手を」とされていました。
 わたしはこのタイトルもすごくすきなのですが(ちぐさが晴彦へ愛/手をさしのべる、という印象の終わり方でした)、でも今回、ブラブラとブラブル(と略してもいいのだろうか……)の二編を読んで、晴彦も愛を持とうとしてくれていて、うおおおお~~~わああああああ~~~~~~~~~~~~ん(感動)


 ブラジャー、かわいらしいレースやお花の刺繍、つやんつやんの色気のある生地とか、ナイトブラとか、とにかくいろんなものがある。思春期のころ、わたしはブラジャーを恥ずかしいものだと思っていた。なんだか、はずかしいものだった。思春期といったけど、ほんとうは大人になってもちょっとはずかしかった。「胸を隠すもの」という意識があったのかもしれない。そして最近のわたしはユニクロのブラトップの楽さを知ってしまい、ブラジャーにまったくこだわらなくなりクーパー靭帯どうなってんの状態なんだけれども、でも、ブラジャーって、たしかにかわいいのだよ、かわいいからはずかしかったのかもしれない(ザ・ブラ!なマスクはどうしても抵抗感があるんだけど)。ブラは隠すものじゃなく、支えたり、たのしんだり、するものなのかも。

 自分の好きなもの、わたしも大事にしてゆきたいと心から思える一冊でした。

 

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