今日もめくるめかない日

小説新潮5月号&6月号感想

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 短編は無限のちからを持っているとおもう。いや、そもそも小説自体が無限のちからを持っているといっても過言ではないのだけれど(そんなこといったら、この世の創作物すべて無限のちからを持っているはずなんだけれども)。
 短編というのは、まあ短い話なのでさくっと読めるもの。でも、その短い話にいろんな感情がたくさん詰め込まれるもの。もちろん長い時間をかけてひとつの話をじっくり堪能するのも好きだけど、短い時間で濃密な話を次々に読めるというのもこれまた至高のことである。

 

 というわけで短編集やアンソロジーなどはもちろん、いろんな作家が短編を寄せる文芸誌は最高なのです。しかもたいてい毎月出ている(冷静に考えたらすごいことだ)。そしてなによりコスパがいい。コスパがいいんですよ。1000円ほどで十人以上の作家の作品をたのしめる。小説(短編、ときには長編、そして連載)も論考もエッセイも対談も入ってる。好きな作家をみつけたいとか、いろんな作品を読んでみたいけど本をたくさん買うのはなかなか……と思っているならまずは文芸誌をぱらりとめくってみるのもいいとおもいます!

 

 それでわたしが最近読んだのが小説新潮5月号&6月号。5月号はR-18文学賞の受賞作決定(大好きな賞のひとつ)、歴代受賞者の競作とうれしい特集、6月号は「2021年に生まれた作家たち」という特集に惹かれて買ったのでした。しかし6月号の第一特集が「文豪とアルケミスト」、名前をなんとなく知っているくらいだったのですが(太宰がめっちゃきれいな人………!)、ものすごい人気コンテンツのようで、なかなか手に入らずようやく重版分を買えた。重版すごい(祝)
 というわけで5月号と6月号を読んでとくに好きだった作品の感想です。ネタバレしているので未読の方はご注意くださいませ。

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小説新潮5月号


救われてんじゃねえよ/上村裕香

 第21回R-18文学賞大賞作品。難病を抱える母。それを介護する高校生の沙智。あんまり頼りにならない浪費癖のある父親。八畳一間での三人の生活は読んでいてしんどい、介護の描写は本当にずーんとくる。
 お金がなく修学旅行の積み立ても払えず、やっと障害年金がおりてほっとしていたところ、父親がなぜか高いカメラを買ってしまう(月々にもらえる障害年金の10万円分のカメラ!)、八畳一間の狭い空間で両親が事をおっぱじめる、など状況的にはかなり地獄。
 そんな絶望的な状況を救うのはやさしい言葉をかけてくれて、なんとか力になりたいと思ってくれる大人じゃない。なにが心を軽くするかは人それぞれだよな、その場しのぎでも笑って救われるしゅんかんがあるなら、ほかのだれかは「くだらない」と思うことでも、なんというかすごく偉大なことだったりするのかもしれないなと思った。なにが沙智を救ったのかは、それはもうここでは言えないのでぜひぜひ。読み手をめちゃくちゃ突き刺してくるような作品だと思います。5月号まだ買えるよ!!

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乳首差別主義者/田中兆子

 タイトルがつよい。乳首差別主義者!! 
 主人公はスーパー銭湯「湯~ちゃん」の店長、権藤(中年男性)。湯~ちゃんのリニューアルオープンを告知するポスターの作成を部下の我妻さん(35歳女性)にまかせたところ、若い男性メインの画が登場。上半身は裸であり(温泉ですからね…)、権藤は男性の乳首ばかりになぜか目がいってしまう。この乳首は刺激が強すぎるのでは……と懸念する権藤に対し、我妻さんは「男性の乳首なんてテレビでもネットでもどこにだって出ている」と反論。いやでも、ああでもこうでもない、と論争を繰り返すうち、権藤は我妻さんに「乳首差別主義者」だといわれてしまう。
 権藤はなぜ自分が男性の乳首に対しうろたえてしまうのかを考えはじめる。ネットでいろんな男性の裸の写真を検索するが、それをみるだけでいやになる始末であるし、それを女性の身体に替えてみれば目が清められらたような気分に。どうやら男性に対して性的欲求があるわけではないと気づくが、ではなぜそんなにポスターの男性の乳首が気になってしまうのか……いろんな理由を考え我妻さんと男性の乳首に対してあれこれ議論を交わす場面がたいへんおもしろい。

 男性の乳首の歴史や、「この漫画では乳首が描かれていない」「リアリティを追求するものには乳首が描かれている」などの談義が白熱している。そして最終的に乳首差別主義者がなんと呼ばれるようになるのか……。ラストは「こういうことも起こりうるかもしれない」と思える展開、これからどうなっていく乳首……。こんなに乳首を連発したのはじめてだよ。

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ピンクの髪/小沼朗葉

 美容院に行き、「私、占い師なんです」とほんの出来心から嘘をついてしまったちはる。とくに占いに詳しいわけでもないのに、一度そう言ってしまうと口から出まかせがどんどん出てくる。担当してくれた担当の中谷さんはそれを疑うそぶりもみせず、ちはるは「もしよかったら、見ましょうか?」とまで言う(すごい度胸である…)。
 占い師などではなく普通の会社員のちひろ(でもわりと大企業)は、結婚を機に退職することになっており、恋人の航平と式場を探している最中。マッチングアプリで出会った航平は、結婚相手には申し分ない相手だ。それは大満足しているというより、「これくらいのことは我慢できる」ということの積み重ねによってできた申し分のなさにも思える。でもこまかいことを気にしたらいけないし、思うことがあっても「まあそういうものだ」と考えてしまうし、自分ではないだれかの言葉によって自分の人生が決められているような流れのなかにいても、それに抗う理由はぽんと出てこない。あきらめる理由ならいくらでも出てくるのに。
 窮屈ではないはずなのに窮屈、うまくいえない閉塞感、自由にできることの不自由さ。そういうのぜんぶわかるし、だから最後ちひろが髪を染めたことにめちゃくちゃ勇気をもらった。自分で考え自分で選択していくことはすごくむずかしいし面倒だけど、自分で考えたいってわたしも思う。

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透明な気持ち/秋ひのこ

 これはものすごい話だった。いじめを理由に自殺をした姉をもつ高校生の静香。これだけ読むと、姉が被害者という構図がすぐにできあがるけれど、実際に被害者ではあるのだけど、姉の亜利紗は生前、母と一緒に静香のことをいじめまくっていた。静香にとって亜利紗は加害者。そして亜利紗の加害者(とされる)の二ノ宮沙月。
 亜利紗の死後、「逃げるように」引っ越した沙月から墓参りをしたいという手紙ところから話ははじまり、「被害者遺族」の静香をとりまくいろんな人の声、沙月に対する中傷、母の静香に対する態度などが描かれる。
 物事というのは視点を変えるだけでまったくべつのかたちになることがよくある。そしてだれにとって正しいとか間違っているとか、だれの味方をするべきだとか、いくら考えても答えが出ない問題はたくさんある。自分が見たこと聞いたこと感じたことだけど信じるのはすごくむずかしい。けど、よく知らない人の意見に流されるだけにはなりたくないなと思える作品。静香も、自分で選んだんだなとおもえた。

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小説新潮6月号

ヴァンパイアの朝食/君嶋彼方

 うわ~~~~~~~~~~めっちゃ好きだった~~~~~~~~~!!!ゲイの文也とノンケの祥太の恋愛小説。恋愛小説!!!わたし恋愛小説だいすきなんです実は。
 このブログでそういえば恋愛小説の感想ってあんまり書いていない気がするけど、恋愛小説がだいすきなんです。というか最近、「恋愛小説」って少なくない……?わたしのアンテナが狭いだけ……?それとも年をとって無意識のうちに恋愛小説から離れている……?恋愛小説すきなんだけど、なんだろうね、もうときめくことが現実でほとんどなくなってきて、もう「恋愛」を自分事としてみれなくなってしまってどこか距離をおいてしまっている気もする…。でも!わたしは!恋愛小説がすきなんだよ!ってことを「ヴァンパイアの朝食」を読んで思い出しました。
 だれかを好きになる気持ち、だれかが自分のせいで不幸になってしまうかもしれないという不安、大切なひとのために怒れること、その相手が一緒にいたいと思ってくれること。幸福やもどかしさや切なさがまざって、しかも「ヴァンパイア」の使い方がすきすぎる……。
 とくべつなことがなにも怒らない日常をとくべつに描いている話がわたしは大好物なのですが、なにげない会話とか、いつか忘れてしまうかもしれない些細なことこそが、わたしたちの生活を築き上げているのだよね。「遅い朝食」ってすごいよね、これだけですごい、なんかいろんな幸福が詰められている。だって「遅い朝食」ですよ、わかるでしょ!!??
 君嶋彼方さんのデビュー作「君の顔では泣けない」読めていなかったのですが、この短編を読んで買おうと思いました。文芸誌はこういうきっかけをくれるんですよ!!

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一角獣の背に乗って/佐原ひかり

叔母が死んだ。一角獣に蹴り殺されたそうだ。

 冒頭の一文、びっくりする。インパクトありすぎる。「一角獣」「蹴り殺され」の組み合わせが強すぎる。一角獣から感じる神聖さと蹴り殺されの非道さ。最初にびっくりして、読み進めるうちにまた冒頭に戻ってまたびっくりする。今度はインパクトへのびっくりではなく、「蹴り殺され」の無残さにびっくりする。というのも、叔母は世話女(せわめ)としてこの一角獣の世話をしていた人間なのだ。ちなみに世話女は処女にしかつとまらない(一角獣は処女以外の人間に容赦がない)。

 読みながらいろいろと考えた。叔母は愛情をもって一角獣の世話をしていたんじゃないか、そんな一角獣に「蹴り殺され」るなんて、一体なにがあったのだ……など考えた。でもこの作品の本質はそこではない、たぶん。

「叔母」は実体がないようにみえる。いやもちろん存在はしていて、しっかり葬式もあげているしこの話で重要な人間として描かれているんだけど、最初から死んでいるからか、その実像がぼや~っとしている。それが一角獣を世話する人間という幻のような存在によりみせている。
 主人公は叔母の姪であるミサキ。叔母の葬式でハラダという男から叔母を殺した一角獣を逃がす手伝いをしてくれと頼まれる。一角獣は普段「あちら」の世界にいるが、ときどき「こちら」の世界へやってくる。それも処女のもとへやってくる。「こちら」には処女をあつめて一角獣をつかまえるバイトをさせたり、「男とセックスする権利」を奪い処女のまま世話女をやらせたり、そしてそんなふうに育て上げた一角獣を高値で売ったりする「胸クソ悪い金持ち」たちがこの世界には存在する。
 わたしは佐原ひかりさんの書く作品がとても好きなんですが、読んでいていつも思うのは「大人というものをめちゃくちゃ憎んでる…!?」ということ。「いい大人」「悪い大人」という区分ではなく、だれもが持っていそうな大人のずるいところ、クソなところをするりとみつけて「わかってるからね」と突きつけてくる。怖いのは、決して表立って責めてこないところだ。「いい大人」にもずるいところはあるだろう。だからこそ「自分の心に聞いて自分で考えてみろよ」とでもいわれているような、なんだろ、子どもに見放された大人になった気分になる(これは相当に心細いことである)。
 叔母が一角獣に蹴り殺された理由は、処女でなくなったから。ここを読んで、一角獣を神聖なものだとイメージしていた自分にぞっとした。そもそも処女の前にしかあらわれない、というだけでもぞっとする。処女じゃなくなったとたん、どうしてそこまで態度を変えられるの? なぜ勝手に美化して勝手に絶望するの? わたしには一角獣がすごく不気味なものにおもえた。
 最後のシーンは処女卒業(っていう言い方もなんとかならんのかというかんじだけど)を思い起こさせる描写にしているのだとおもうのですが、「男とセックス」する以外の方法で「なにもかもを貫き突き破って」いくミサキ。処女であるとか処女でないとか(もちろん処女をほかの何かに置き換えてもいい)、ただ一人の人間、あるいは獣として世界を走り割っていこうとする姿は、一角獣よりもよっぽどうつくしいものに思えた。
 新刊が出るらしいですよ!!

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春荒襖絡繰/藍銅ツバメ

「とくべつなことがなにも怒らない日常をとくべつに描いている話が大好物」と書きましたが、とくべつなことが起こる非日常的な話ももちろん大好物です。とくに幻想的な話!!!!
「春荒襖絡繰」は小学生の双子、藍子と紅太(この名前も好き~~)が両親につれられて山奥にある「襖絡繰」を観にいくが、いつのまにか藍子と紅太は襖のなかに吸い込まれていて……という話。
 襖絡繰というお芝居をわたしはまったく知らなかったのですが、不思議で魅惑的な襖のなかの情景描写にうっとり、姫君と若君の妖艶さといったら!そして姫君から離れられない紅太と、紅太を置いて襖から若君と一緒に抜けて出てしまう藍子。襖絡繰が終わると若君が兄になっていて、藍子の家族は父、母、兄、自分だけになっている。
紅太はどうなっちゃったの…?あわわ……と戦慄していると、そのうち紅太を思い出す藍子。再び家族で襖絡繰を観にいき、紅太を襖から救出するんだけれども、また家族のかたちが少し変わっている。
 襖の絵が切り替わっていくみたいに、藍子がいる世界が変化しているように思える。じゃあ本当の家族はどれ……どれでもないの……?と不思議でちょっとぞっとする余韻に浸れました。あとタイトル素敵。春荒襖絡繰(はるあれふすまからくり)。声に出して言いたくなるね。
 今月に単行本が出るらしいので買いたい~こんなふうに文芸誌はきっかけをくれるんですよ!!(二回目)

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 長々と書いてしまいましたが、このほかにももちろんおもしろい作品はたくさんあって、自分の好きな作品や作家さんがきっとみつかるはずです。実は文芸誌ってめちゃくちゃ多いし。結論としては「文芸誌はコスパがいい」です。