今日もめくるめかない日

退職した

 10月5日、4年半とすこし勤めた会社を退職した。

 勤めていたのは小さな編集プロダクションで、雑誌や書籍の編集・ライター業務が主な仕事だった。

 ずっと出版業界にあこがれがあったのに、どうせ私なんて無理よ…と思い、はなから諦めていたけれど、あるきっかけで飛び込んで、約5年なんとかかんとかやってきた。

 出版業界というのは超ホワイトとはいえなくて、また編プロなんてただの下請けであるからして、超はなやか〜キラキラ〜!みたいなことはまったくなくて、まあ疲れる疲れる。それでも私は運がよかったのか、人間関係にはめぐまれて、なにかと面倒をみてくれる人がいて、未経験ながらもなんとかかんとか仕事をおぼえて、ひとりでいろいろとできるようにもなって、いやなこともたくさんあったけど、振り返ってみれば本当にお世話になったなあと感慨深い。

 

 今日は送別会などしてくれて、とはいってもコロナ禍ではあるしそれぞれ仕事もあるからと会社の会議室で飲み会という催しだったけれども、お寿司にピザに揚げ物オードブルと、小学生がリクエストしたのかというような食べ物が並び、ビールもおいしいくお酒がすすむ。

 なんだかんだ5年近く勤めたのだから私の思い出話なんかが話の種になるのだろうとこっそりいろいろ話すことを用意していたのだけれど、乾杯!おつかれさまでした!のかけごえのあとに、違う部署の映画好きの人がいたからその人に軽くおすすめの映画ありますか、私は最近いまさらだけどローマの休日をみていたく感動したのだと伝えたら、出てくる出てくるマニアックな映画の数々、いつのまにか黒澤明監督の影武者がいいという話になり、おじさんたちが大盛り上がり。ローマの休日に感動したと最初に言ったのに、まったく違うベクトルの映画を持ち出すセンス。

 乾杯してから一時間半、マニアックな映画の話に花が咲き、私の思い出話なんてひとつも出す暇がなかった。そういうてきとうなところが居心地よかったといえばそうなのであって、まあいいか、と思ったり。

 映画の話が終わらないままおひらきの時間が近づき、さすがにひとことくださいと言われても、いまさら思い出話を持ち出す雰囲気でもないし、いい風なことを言おうとも思っていなかったし、えーと、あの、ありがとうございました、ということばだけで終わってしまった。それだけ!?と突っ込まれれば、いまさら言葉で飾りつけなくとも、私たちにはたくさんの思い出があるじゃないですかと結局いい風な言葉で締めくくってしまった始末。

 それでもなにか言っとこうかという気持ちが膨れて、面接に来たときのことなど思い出し、そういえば私は面接の前にお腹がすいて、会社のビルのとなりにあった松屋に入り、牛丼一杯食べてから面接に臨んだのだった。でも面接をした人はそんなことは知らず、当時人手不足でヒィヒィ言っていたのもあって、牛丼食べてから面接に来た女に、翌日速攻で内定を出した。

 そんな感じでふわ〜っと入社した会社だったけれども、本当に大変なことがたくさんあった。だけど楽しいこともたくさんあった。奥付けに自分の名が載るのはすごくうれしいことだね。

 

 明日もふつうに電車に乗って会社へ行ってしまいそうな、退職した実感がまだない。自分で転職すると決めたけれど、やっぱり慣れ親しんだ環境を離れて、まったく知らないところで働くのはとても不安だ。でも私を頼ってくれた会社がたしかにあったことを忘れずに、少しだけでも自信を持って、新しい場所に行ってみる。