今日もめくるめかない日

花に埋もれる/彩瀬まる

 

 ハイファンタジーはあまり読んでこなかったジャンルだけれど、ローファンタジーは好きだ。舞台は現代で、人間の生活が描かれていて、でも私たちの暮らしとは少し違う非日常が溶け込んでいるというような。
 さらに言うと、植物×人間が好き。これもう大好物なんです。性癖なんです。植物が世界を牛耳ってるとか、人間の身体から花が咲くとか、花の蜜を吸って生きてるとか、大樹に取り込まれるとか、植物と人間が共生(文字通り)しているのが好きなんです。
 別に家で花を飾るとかそういうこといっさいしないし、花の名前にくわしいわけでもないんだけれど、なぜだか昔から植物の生き物ではないのに生きている感じに惹かれている。

 なので小説でも漫画でも、植物×人間という設定が出てくればそれだけでもう性癖にぶっささって好き好き好き好き……となるのに、、それが好きな作家さんが書いた作品となれば、そらもう大変なことになるのは目に見えていること。
 というわけで無事に大変なことになりました。



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 彩瀬まるさんの作品って幅広いのですが、短編はけっこうローファンとかいうかSFテイストというか、非日常的な作風が多い。でもがっつりファンタジーなんじゃなくて、現実的な生活のなかに、不思議なスパイスをちょっと入れ込んでいるので、突飛な設定もまったく浮かずに物語になじんでいる。
 たとえば「花に埋もれる」は6つの短編からなっているのですが、だれかを好きになると身体に美しい石が生成されたり、夫がある日白木蓮の花になってしまったり(本当に花になるの)、肌にツリガネニンジンの花がぽつぽつ咲いたり。うわ~~~!!こうやって書いているだけでも性癖が発動してどうしようもなくなります。
 いやほんとうに、設定だけでもじゅうぶん満たされてしまうのですが、突飛な設定のなかでいとなまれる、ふつうの日常のなかで生きている人たちが抱く感情を、すごく丁寧に描かれているんですよ。見過ごしてしまいそうな、忘れてしまいそうないっしゅんだけ感じるような気持ちを、本当に丁寧に掬い取ってるんですよ。この感情を言語化できるんだ!!!!?????と驚くし、自分も過去にそう感じたことを思い出して感傷の波にのまれるし、知らなかった感情を教えてもらえるし、なんかすごい、なんていえばいいんだろうね、いろんな気持ちがうまれるんだけど最終的に「人間っていいな……」とでんでんでんぐりがえるしかなくなった。

 

 よい作品を読み終わったあとはたいてい語彙を失って、はあと感嘆しながらページを閉じるのですが、帯の!!倉数茂さんが書かれたこの言葉をみてください!!!

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「どうしてこんなにきれいな指先で、忘れていた気持ちを拾い上げられるのだろう」

 そ、そ、そ、そ、それな~~~~~~~~~~~!!!!!なんか私は長々と書いてしまいましたが、このあともまだ書くつもりでおりますが、本当にこれなんです。「忘れていた気持ち」が「花に埋もれる」のなかにはたくさんあって、本当にきれいに、拾ってくれているんです。

 

 たとえば「マイ、マイマイ」。

 大学生の友梨愛は、同級生の鈴白くんと恋人同士。だけど恋人としての関係が少しずつ終わりそうな気配がしている。時間がたつにつれて、別れというのはやってきたりするものだよね、大きな、これといった理由がなくても、なんとなく鈴白くんの気持ちが離れていっている、というのを感じているとても微妙な時期。
 ある日、鈴白くん体からおはじきのような、白っぽいものがこぼれ落ちる。友梨愛はそれを拾ってつい自分のものにしてしまう。鈴白くんとの仲はとくに変わらないまま、友梨愛は自分の足のかかとのあたりに割れ目があるのを見つける。指を入れるとそこからもおはじきのようなものが出てくる。その正体は、今まで自分たちが「忘れていたもの」を凝縮したようなもの。
 鈴白くんのおはじきを持ったまま、彼の部屋へ行くときの場面がとてもせつなかった。

 

 きっともう二度と来ない、好きだった人の部屋というのは不思議だった。いつもよりも少し広く感じる。とても静かな夜だ。

 きっともう二度と来ないだろうなって思った部屋は私にもあった。何度か遊びにいって、家具の配置とかはいつもと同じなのに、いつもよりひとつひとつが違ってみえた。あのとき感じたせつなさ、もう二度と会えないと思いながら近いうちにくるだろう別れを想像したときのさみしさ、そしてそんなことがあったことも忘れていたなと思い出したときの、泣くほどじゃない感傷的な気持ち。きっとこの作品を読まなかったら思い出さなかったんだろうなあと思った。
 おはじきのゆくえと、忘れていくこと、忘れないことに対する考えが、やさしい余韻を残していました。

 

 さらによかったのは「マグノリアの夫」。作家である陸と売れてないけれど昔から舞台俳優をしている夫の郁人。郁人はある大物作曲家の隠し子であることをだれにも言わずに生きてきた。妻の陸だけはそれを知っているのだけど、郁人が舞台に立つのは、父親に自分を見つけてほしいという願いがあるから。陸はそんな郁人に、「演劇っていう営みそのもので、あなたが幸せを感じるのは難しい?」という言葉を投げる。 
 つまり表現者たるもの、作品に純粋に向き合う、見返りを求めず作品をつくることが「本物」であるということを陸は言ってしまう。いやこれはね……素敵な考えなんだけどね…「理由」があってはじめて立ち続けられる人もいるよなあ、ままならないなあ、うううと私までしんどくなったところで、郁人は花になってしまう(!)。
 もともと白木蓮の役を与えられていた郁人は、みごとにその役をやりとげ、評判も上々、人間とは思えぬ花を演じるんだけど、千秋楽を前にして本物の白木蓮を残し失踪する。失踪、というのは陸以外の人が思っていることで、実際は白木蓮になっているのですが。
 いきなり花になったといわれても「!?」となるかもしれないのですが、すごいのは読んでいてなんの違和感もないことなんですよ、なんか不思議なんですけど、「あ、なるほど白木蓮になったのか」って、ふつうに思えるんですよ。きっとこれが彩瀬まるさんのつくりだす絶妙な世界観なんです。みんな読んで!!!
 表現者として「本物」を求めた陸ですが、最後の場面で描かれた矛盾はもう……美しくて汚くて、でもやっぱりきれいに拾い上げた感情を、手のひらにひろげているんですよ。私はそれを受け取って、きれいなきれいなマグノリアを想像して、どうしようもなくなるんですよ……。

 

 そして最後に収録されている「花に眩む」、これはR-18文学賞で読者賞を受賞されたときの作品ですが、今まで単行本の収録がなかったので、やっとやっとやっと読める!!と大興奮でした(電子で出てはいるんですけど、私まだどうしても電子で小説を読めない…)。
 まず人の体に花が咲く、というだけで、何度も言ってしまいますが、ほんとそれだけでありがとうございました……。なんですけど、するりと転がり込んできた同居人のしま、大好きな高臣さん、それぞれとの友情とも恋愛ともすこしだけ違う、でも人と人の感情のまじりあいが、めちゃくちゃきれいに描かれている。
 いずれ忘れてしまったとしても、だれかを思う気持ちというのは、たしかにそこで根づいていて、つねづね思うけど感情が花みたいにわかりやすく咲いてくれたらいいのにね、あれこれ言葉をさがさなくても伝えることができるのね……。
 植物は人の肉に根を張り、年月とともに根を深め、やがて心臓にまで寝食して、人は最期は花と草のかたまりになって、土に還る。一生一緒にいるという約束をしてくれなかった(できなかった)高臣さんだけど、互いを愛しく思う気持ちはたしかに存在していて、その小さないとなみを、じっくり読めるぜいたくさ。
 土に還っていくという行く末が終盤の場面につながるのですが、ラストシーンのすばらしさ……。

 

 彩瀬まるさんの作品は、一文たりとも読み逃したくないなあと思います。文体には人それぞれの呼吸みたいなものがあると思うのですが、彩瀬まるさんの作品はゆっくり、やさしい感じ。だけどときどき残酷で、本当のことが書かれているときもある。ずっと枯れない花を書いているんじゃないところが、私は大好きです。
 収録されている作品ほんとすべてよいので、花に埋もれたい人はぜひ……。