今日もめくるめかない日

発表作一覧

数が多いわけではないですがこれまで発表した作品をまとめてみることにしました!
随時更新していけたらいいなと思います!

村崎なつ生(むらさき・なつき)
小説を書いています。2024年集英社ノベル大賞準大賞を受賞、2025年5月「片付かないふたり」でデビューしました。
なつ生は「なつき」と読みます。この名前をGoogle検索すると、ときどきAIが「なつお」と書いていたりしますが読み方が違っていてもあまり気にしないタイプです。伊豆出身。

 

書籍

片付かないふたり(集英社オレンジ文庫)

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デビュー作です!
ノベル大賞応募時は「いつか忘れるきみたちへ」というタイトルでしたが改題・改稿しました(なんだかんだで100枚分くらい加筆しました)
選択・決断が苦手でできればだれかの正解に従っていたい主人公。片付けコンサル会社の上司に陶酔し部屋にあるものや恋人まで捨て無駄のない生活を手に入れたはずが、身元不明の青年に「自分を片付けてほしい」と依頼される話です。恋愛的な展開がまったく起こらない男女同居の話、そしてとくべつなドラマが起こらない話が好きなので書きました。

こちらはオーディブルにもなりました。

www.audible.co.jp

作中出てくる上司だったらオーディブルを激押しすると思います。

あと受賞作の文庫化を記念して番外編を書かせてもらいました。なんと50枚分もあります。本編加筆のうえさらに新しいエピソードを書くことになるとは思いませんでした。ありがたいことだね……。
本編を読まなくても問題ないので、雰囲気をつかむのにもいいかもしれません。主人公が一切出てこない番外編が好きなので、主人公が一切出てこない番外編を書きました。
ぜんぶウェブで読めます(むしろウェブでしか読めない)。

orangebunko.shueisha.co.jp


ハルシネーションの庭(集英社オレンジ文庫)

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2作目です!
「いつかきっと過去になる、近未来の恋愛小説」!(←考えてもらったコピーお気に入りです)。
自分の身体が加害性を持つことに気付き、他人を傷つけることに恐怖を抱くようになった主人公と、亡くなった作家の人格を引き継いだAIの恋愛小説です。
男性と女性の身体の違い、恋人同士であっても加害者と被害者の構図になりうること、自分が加害者と自覚したとき自責にかられる男性もいるのではないかということはずっと考えていたことで、そのテーマで書くことができてよかったと思います。
人じゃないものを好きになることの不毛さと、言葉をどう信じていくのかということを書いています!

オレンジ文庫の公式noteでたくさん試し読みできます(70ページ分くらい読めるはず!)

無料で読めるもの

骨を盗む日

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集英社の読書情報誌「青春と読書」で短期連載した作品です。ウェブにも転載してもらいました。全3話、無料で読めます!
「夫の家の墓に置いてほしくない」、義姉の母親の遺言を聞いて遺骨をお墓から盗み出す姉妹のお話です。
(現在の私は独身ですが)結婚後、相手の家の墓に入るのってなんか嫌かも……と思ったことがきっかけで書いた話です。

www.bookbang.jp

小説新潮に載ったエッセイです!
「もういちど会いたい」というテーマで、ほとんど会わなくなったけどときたまLINEグループが稼働する友人たちのことを書きました。

短編

www.shinchosha.co.jp

小説新潮2025年11月号「明るい絶滅」という特集に「あわよくば終わる」という短編を寄せました。好きなアニメの神の二次創作に元気をもらう主人公が、夫の友人の結婚式に参列する話です。

www.shinchosha.co.jp

小説新潮2026年9月号「家のなかで」という特集に「金魚の部屋」という短編を寄せました。「あわよくば終わる」では二次創作作家とそのファンを書きましたが、こちらでは二次創作の原作者側を書いています。

 

エッセイ

www.tsogen.co.jp

紙魚の手帖vol.26に「ごほうびごはん」というテーマで「ネオ黒糖ロール(マーガリン入り)」というエッセイを書きました。なんかいいかんじの音楽をかけお香をたき本を読み自分でつくったごはんをおうちで食べているという連絡を唐突にしてくる友人がいるのですが、その友人がこわいという話をしています。

同人誌

文学フリマに何回か出店しており、作った本をオンラインで販売したりしています。
通年開けたところで注文も入らないだろうと思っているので、基本的に文フリの前後くらいにしか開けていないですが、もし「今欲しい」という方がおりましたら、私の個人誌のほうであれば通販開けます。お気軽にお声かけてください!

tundrabudou.stores.jp

関かおるとのサークル「ツンドラ葡萄」でつくった本を置いてます。

iqb26lrjjd97lcngdnz9.stores.jp

村崎なつ生が個人でつくった本を置いてます。ここから増えるかどうかはわからない。

 

 

更新履歴
2026/7/22
2026/8/21

なつやすみ

8月中旬までやや詰まっていた仕事が落ち着いて、一週間くらい夏休みをとった。

 

・鎌倉に行った

友人に「なんか遊びたいんだけど!」と具体的なことはなにも考えずに連絡をしたら「遊ぶ……?」というやや困惑した返事がきて、大人になると「遊ぶ」ってなんだか難しいことに感じる。いやなんかアクティビティな、山登りとか海水浴とか遊園地とか、遊びって探せばいろいろあると思うけど、でもそういうめっちゃ体動かす系の遊びはあんまり乗り気じゃなくて、かといってどこかしゃれたお店でお茶飲んでおしゃべりするとか映画館に行くとか、そういういつものかんじではない遊びをしたかったのであって、結局鎌倉に行くことになった。

都内に住んでる身としては、鎌倉ってけっこう小旅行!

北鎌倉駅で待ち合わせて、葉祥明美術館と鶴岡八幡宮に行きつつ、途中でお茶を飲んだりした。結局やってることはいつもと同じな気がしなくもないが、まあなんか、鎌倉にいるってだけでちょっと夏休み感がある。普段あんまり出かけないから。

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写真撮った。なんかいいかんじだね。鳩と並んで撮ってもらってるけど、わたし鳥の類が全般的に苦手、なんか造形が怖い。ので、澄ました後ろ姿だけれども心のなかでは(鳩!こっちに!絶対に来ないで!!!)とひやひやしていた。

あとフレンチトーストがめっっちゃくちゃおいしくてびっくりした。おいしいね〜と言いながら、話題はなぜか地獄について。

地獄の十王というのを友人が話してくれて、どうも人間はベースが地獄、嘘ついたとかお酒飲んだとか、現代的な価値観でいくと、「そっそれくらいで!?」という罪で地獄におちてしまうのであるよ。地獄も現代に合わせてアップデートが必要なのではないかね。

地獄は何段階かにわかれていて、とにかく一番やばいのが阿鼻地獄、そこに辿り着くまで2000年はかかり、やっと辿り着いたら耐え難い無間の苦痛が待っている。「阿鼻」って阿鼻叫喚以外につかったことない。ていうか阿鼻叫喚すらつかったことない。しかも阿鼻地獄にゆけば生まれ変わることもないらしく、ほんとうに永遠の地獄。地獄におちるにしてもここには行きたくないね、地獄の振り分けは十王の審査によるらしく、やはり善く生きていかねばね、しかし現代における善悪はとても複雑なもので閻魔大王をはじめとする地獄の十王たちはどういう基準で我々を裁くのかねという話を美味なフレンチトーストを頬張りながら話したのであった。

それにしてもいちばん軽い地獄でも骨になるまで互いの身体を突きあい、しかもそれを7000年?8000年?くらい繰り返さないといけないらしく、キリストが生まれてからだってまだ2000年ほど、地獄という概念も人間が生んだものであるからして、輪廻転生があったとして、地獄におちた者が生まれ変わるのならまだぜんぜん先……? という話を鎌倉の、すてきなカフェで話さなくてもよかったんじゃないかと思わないでもない。

 

・帰省した

帰省といえばここ数年は年末年始だったから夏に帰るの久しぶり。まあやることはそんなにないんだけれども、今回は本当に久しぶりに地元にいる同級生に連絡をして再会を果たしました。

さいごに会ったのいつだったのか本当に思い出せない、軽く10年は経っていると思う、けれど会えば自然と話が弾んでなんだか不思議な感覚。変わってないね〜という話をして、たしかに雰囲気とか声とかしゃべり方とか当時のままで、だけど子どもが中学生になったとか送り迎えとか投資がどうとか、10代のころは絶対にしなかった話題も生まれていて、確実にわたしたち年を重ねている。

小説家としていちおうデビューしたわたしは、「すごいね」と言ってもらえることがあるけれど、子育てをしたり地元のコミュニティを大切にしたり車を運転したり誰かと誰かのために生活を送っている人のほうがよっぽどすごいと思う。わたしは自分の生活すら雑、小説を書いていることでこの雑さを許してもらおうとするようなずるい人間、地獄の十王はこのずるさを見逃してはくれないだろう。

だけどとにかく久しぶりに友だちに会えてとてもうれしかった、インスタのストーリーのこととか聞けた。わたしストーリーってはじめて投稿してみたのだよ。

これはとても余談だけれども、友だちに会うのだからおみやげを買っていこう!と鎌倉で鳩サブレーをたくさん買ったのに、それを丸ごと家に忘れて電車に乗ってしまった。結局東京駅であらためて鳩サブレーを買った私はここ最近でいちばんのばか。

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そういえばこの夏は誕生日を迎えて、またひとつ年をとった。変わらないねってうれしいけれど、子どものころからなにひとつ変わらないというのも、それはそれでよろしくないとは思う。せめておみやげは家に忘れるな。

久しぶりに会った同級生たちは、どこに出しても恥ずかしくない大人になっているように見えた。あるいは相手からもわたしは大人に見えているのかもしれない。大人のふりだけが少しずつ上手になっていく。

 

連載と短編の掲載


お知らせ記事です!

 

・「青春と読書」で連載していた「骨を盗む日」が全話無料で読めるようになりました。

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全3話、1話30枚程度で短編~中編くらいの長さです。
「夫の家の墓に置いてほしくない」、義姉の母親の遺言を聞いて遺骨をお墓から盗み出す姉妹のお話です。
連載中は毎回扉絵をつけてもらっていまして、zinbeiさんの素敵なイラストともにお楽しみいただけましたら幸いです!

 


・本日8月21日に発売された小説新潮9月号に短編が載っています。

www.shinchosha.co.jp

連載が続きアニメ化もした、ファンも増えた、満ち足りているはずなのになにかが足りない。焦燥感にかられている漫画家が、あるとき自分の作品の二次創作に「正直原作超えちゃってます(笑)」というコメントがついているのを見てしまい……というような話です。創作に向き合う苦しさを書きました。
挿画ご担当は芝りさこさん、らんちゅうと水中を泳ぐような透明感と、けれど息苦しさも感じる素敵なイラストです!

 

・個人誌の通販を開けました

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普段は文フリの前後にしかあけていないのですが、買いたいとお声がけいただき、せっかくなので8月いっぱい開けることにしました!
7つのテーマに沿って書いたエッセイです。もしよろしければ!(別途送料をいただきます)
※8月25日から一週間ほど出かけるのでその期間のご注文分は少々発送が遅れます。

 

どうぞよろしくお願いいたします!

1月~8月に読んだ本

読書記録はReadsというアプリを使っているのですがこれがけっこうよい。ほぼ自分用の記録なのであんまりだれかをフォローというのはしていないのですが、新着順のタイムラインを眺めているとぜんぜん知らない本が流れてきたり自分の感想に反応があるとけっこううれしい。

でもやっぱりSNSというのは時間が経てば過去のものは流れてゆくので、今年に入って読んだ本をいくつかここでまとめます。書き溜めてきた感想をそのまま載せようと思ったのですが、最初の2つを書いた時点ですでに長すぎる……になったので簡単に。各作品名から私のReads感想に飛べます。もう少し詳しく書いてたりするのでご興味あれば……。

敬称略、読んだ順です。

 

 「ブレイクショットの軌跡」逢坂冬馬(早川書房)

これは!!!!超大作!!!!!!!めちゃくちゃおもしろかった!!
たくさんの人が出てくるけどひとりひとりにしっかり感情移入できた(とくに晴斗!!!!!!)
フィクションのなかのだれかとだれかが本当は別れたくないのに別れたほうがいいよ……などの会話をしていると、ヤダヤダ!!ちょっと待って!!わたしが!!!説明するから!!!!と首突っ込みたくなるわ〜〜私が首突っ込まなくても大丈夫だった!!!よかった〜!

 

 「やりなおし世界文学」津村記久子(新潮社)

私もこんなふうに読書した〜〜〜い!と思わせてくれる一冊だった。むしろこんなふうに読みたいから私は読書してるのか……!?
紹介されている作品のひとつ「夜と霧」は私も一度読んでいるのですが、読んで感じたことを言葉にしてもらえることの心強さを感じました。以下引用。
「最悪の境遇の中にも人間の心は存在すると明かすことで、戦争の無意味さを語ることに成功している。その人の何を略奪しても、命を奪っても、魂を奪うことはできないと本書は説く。」

 

「石が書く」ロジェ・カイヨワ 著/菅谷 暁 訳(創元社)

ユリイカの石特集がおもしろく、そこで何度も紹介されていたので読んでみた。石について語る言葉ってこんなにあるんだ……。これ本当に石…!!??という写真もたくさんあった。

 

「プロジェクト・ヘイル・メアリー 上・下」アンディ・ウィアー著/小野田和子 訳(早川書房)

あ~~~~おもしろかった。オーディブルで聴いたのですがロッキーがあまりにもかわいすぎる。これを読んだあと、友人との会話がしばらく、「~~? 質問?」になりました。

 

「博士とマリア」辻村七子(早川書房)

人が人じゃないものになっていく話が私は大大大大大好きなんだな〜〜〜〜!!
そしてただひとつの願いのためにたくさんのものを犠牲にし、投げ出し、しかし最後になにかを残すという切実さがわたしはと〜〜〜〜〜〜〜〜っても大好きなんだ〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!

「ツミデミック」一穂ミチ(光文社)

一穂ミチさんの小説の登場人物って、共感はできなくても理解ができるという性質の人が多い気がする。ドラマチックでありつつ思考や結末までの道筋が理路整然としている…?わかりやすさとおもしろさがナチュラルに同居していてすごすぎる……

 

「紙の動物園」ケン・リュウ 著/古沢 嘉通 訳(早川書房)

表題作「紙の動物園」がほんと、ほんとうによかった……。友人にすすめてもらったのですが、その友人はその昔、この本をバイトの休憩中に読んで感情がぐちゃぐちゃになってバイトに戻ることができなかったそうです。

 

「辺境恋愛詩」雪舟えま(soyogo books)

もういいかげん、この小説について語る言葉もないんじゃないかと思うほど何度も感想を書いてきましたけれども、何度でもいいと言い続けますね……。

 

「店長がバカすぎて」早見和真(ハルキ文庫)

おもしろすぎた。オーディブルで聴いたのですがナレーターがうますぎます。げらげら笑ってしまった。

 

「降りる人」木野寿彦(KADOKAWA)

す~~~ごいよかった。期間工として働く一年、春、夏、秋、冬、そして春隣の5章からなる長編。春隣っていいですね。友人の浜野の存在感がべらぼうによいです。

 

「十戒」 夕木春央(講談社)

犯人の!!!!!頭がいい!!!!!!!!!

 

「花と夢」ツェリン・ヤンキー  著/星 泉 訳(春秋社)

チベットのラサのナイトクラブで働く花の名を持つ娼婦四人の物語。信仰というのは生きていくための救いや希望にもなるけれど、それでも救われないことはどうしてもある……と胸がとても痛くなった。

 

「夜明けまでに誰かが」ホリー・ジャクソン 著/服部京子 訳(創元推理文庫)

自由研究シリーズとても好きなのでこちらも! やはり容赦がない……。

 

「カラフル」阿部暁子(集英社)

病気が原因で車いすユーザーとなった六花、怪我が原因で陸上をやめてしまった伊澄、ふたりともだきしめてあげたい。

 

「ギアをあげて、風を鳴らして」平石さなぎ(集英社)

宗教団体「荻堂創流会」の降り子として信徒から崇拝される癒知、転勤族で転校が多くだれにも言えないけどさびしさを抱えるクミ。小学生ふたりの切実さに何度も胸が詰まる、本当にいい小説でした。

 

ユリイカ 2026年3月号 特集=眠い -なぜこんなにも眠いのかー(青土社)

みんな眠いんだ……ということが知れてよかった。私も毎日眠いので……。

 

 「魔法使いのお留守番 シロガネ編」白洲梓(集英社オレンジ文庫)

過去編って!!とってもいい!!

 

世界 2026年6月号(岩波書店)

特集「イラン戦争後の世界」、「いきていく憲法」。SNSで飛び交う悪辣な言葉に疲弊して手に取り、丁寧に書かれた文章は冷静に読めていいなと思った。

 

「少女小説家は死なない!」氷室冴子(集英社オレンジ文庫)

めちゃくちゃハチャハチャ小説……!!!!!!!!!!!!!!!

 

「京橋骨董かげろう堂」辻村七子(集英社オレンジ文庫)

骨董店ってそういえば入ったことないかも……?だけど店内に足を踏み入れたらなにかを倒しそうで動けないかもしれない。白澤好きだわ~~

 

「私たちはたしかに光ってたんだ」金子玲介(文藝春秋)

華やかなもの、光っているものを前にしたときの!!あの気持ち!!!!

 

「佐藤の告白」藤紘(集英社オレンジ文庫)

せつなくて、こんなにいとしい小説がこの世にあること!!!!!!!!

 

「四人のナオちゃん」松本愛世(集英社オレンジ文庫)

年齢も出会う場所や時代もばらばらだけど、同じ名前、同じ顔のナオちゃんに翻弄されるホラー……?ホラーですね!!??かなり新感覚な読書でした。

 

「税理士 鮫島桐子」橘マコト(集英社オレンジ文庫)

鮫島先生は私の確定申告を請け負ってください!!!(でも怒られそう)

 

「紙の心」エリーザ・プリチェッリ・グエッラ 著/長野 徹 訳(岩波書店)

図書室の、だれも読まなさそうな本に挟んであった手紙を見つけたことから正体不明の少女と文通がはじまる書簡体小説。重いテーマながら軽やかに読めます。

 

「あくまでも探偵は」如月新一(講談社タイガ)

会話がうまい!テンポがいい!バディものって、胸が躍るのね……。

 

「わたしを庇わないで」石田夏穂(集英社)

全編キレッキレ。収録されている「世紀の善人」が本当~~~~~~に大好きで、単行本になってたいへんうれしいです。

 

「悲しい話は今はおしまい」小沼理(柏書房)

現代の社会と悲しい話以外の向き合い方を考えるエッセイ。すっっっごくよいです。悲しい話をしないということではなく、悲しい話以外でも方法はあるのではないかということ、そのとおりだと思います。

 

「急に具合が悪くなる」宮野真生子,磯野真穂(晶文社)

映画がたいへんよかったのでこちらも。運命と呼べる人との出会いがあるならば、それは偶然の連続のなかで自分たちが誠実に生きてきた証なのだと思いました。

 

「まばたきで消えていく」藤宮若菜(書肆侃侃房)

生まれることも死ぬことも取り返しのつかないこと。生も死も生活とともにあることを恐怖とは違う感情で感じる歌集です。

 

小説トリッパー 2026年夏季号(朝日新聞出版)

「泥棒」(金子玲介)おもしろかった!「当事者になりたい」という気持ちは……創作をする人にとって多かれ少なかれ思い当たるものなのではないでしょうか…金子玲介…おそろしい子!って思いました。

 

「これは経費で落ちません! 9 〜経理部の森若さん〜」青木祐子(集英社オレンジ文庫)

9巻まできたわよ!!!!!山崎がいちばん気になる。

 

「魔王のかまど ガルハールのパンと麦乙女」瑚池ことり(集英社オレンジ文庫)

かわいい~~~~~~~~~~~~です。癒されながら読んでいた、召喚してしまった魔王が穏やかな性格なのがとってもよかった。

 

「かわりに嘘」鈴木七月(講談社)

日常ユーモアおかしみ小説、ものすっごいおもしろかったです。ちょっと様子がおかしい人のディティールが最高すぎる。

 

「クローズドアイランド あなたへの誓い」羽良ゆき(集英社オレンジ文庫)

これはいい意味で言うのですが、この作品はオレンジ文庫でいいんですね!!!???極限サバイバル、息つく暇もなく襲い掛かる謎の動物……根底には権力勾配や社会的弱者への眼差しがありハラハラ感とは別に生きる力みたいなのももらえます。

 

「後宮に星空の燃ゆ」氏家仮名子(光文社文庫)

どひ~~~~~~~~~~~めっちゃくちゃおもしろかった…………皇帝の息子を産んだ女は死を賜うという悪法を廃すため、入宮した周静麗のたたかい、否応なくやってくる悲しき別れ………………私が城に乗り込めたら大暴れするのに…………。

 

今年の1月から読んだものでした、これ以外にもあるのですが全部書くとあまりにも長すぎになってしまうので……物理的な積読も心理的な積読もまだまだたくさんありますゆえ、引き続き読んでいきたいと思います。あとまとめるなら一カ月ごとにしたほうがいいということに気づきました。

八月になった

八月になりました。
まいにちとっても暑いので、寒い時期に撮った写真です。

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一瞬でも外に出ると熱気がすごい。なんか呼吸がしづらい暑さ、たまに蝉が鳴いていると、ああ今日はわりと涼しいんだな、と思うので夏に対する感覚がこの数年でだいぶ変わってきている。蝉は暑すぎても涼しすぎても鳴かないのだって。からだで温度を感じているんだね。

 

熊本の地震、胸が痛む。私が個人でできることはとても少ないですが、寄付をおこないました。
私は日本赤十字社の熊本県支部に送りましたが、義援金の募集もはじまっていたりふるさと納税、ボランティアも自治体によっては募集を開始したのことで、できる範囲でおのおのが行動できたらいいのではないかと思います。被災された方々にお見舞いを申し上げるとともに、少しでも早くおだやかに過ごせる日がくるよう祈っています。

なにかが起こったときだけではなく定期的に支援をおこなっていきたいと思いながら、どこかに寄付するとき、いつも「今回のみの寄付」にしてしまう。べつにお金がすべてを解決するなんて思っていないけれど、それでもお金があることで選択肢は増えるものだし、単純に心に余裕が生まれるなあと個人的には考えています。
物欲はそんなにないけど、こういうとき自分が大金持ちだったらなあと思う。もっと稼ぎたいなあ、とこう言うとなんか強欲というか資本主義!ってかんじ。てっとりばやくお金をためるなら、都内ではなくもっと家賃が安いところに住めばいいのだけれども。東京って家賃が高くコスパが悪い。マンションとか買う気概もないし、いまはどんどん土地が高くなって買い時じゃないみたいな話を聞いたような気もする(ここから安くなることなんてなさそうだけれども)。

 

資本主義といえば! 先日「急に具合が悪くなる」の映画を観て、これがすご~~~~~~~くよかったです。

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なぜ資本主義かといえばなのかというと、資本主義へのアンチテーゼ的映画だったからです。私は資本主義っていうものが大嫌いというわけではないし、この資本主義によって私は恩恵を受けていたり娯楽を享受したり、そもそもずっとこの社会のありかたのなかで生きてきたので、やめようぜ資本主義!と極論を掲げるつもりはないのですが、それでもこの資本主義によって貧富の差が生まれたり限りある資本/資源を人間が奪い合って、「今/ここ」さえよく見えていればいいという現状には危機感をおぼえる。
そして「今/ここ」はこれから先どんどん縮小していって、「今/ここ」にいられる人間も少なくなっていって、「今/ここ」の外側に取り残される存在に手を差し伸べないといけないと思うんだけど、この社会ってそういう善良な人間ばかりじゃないということを考えてしまって、なんだかなあ、結局個人ができることってほとんどないじゃないですか、というやるせない気持ちにもなる。
ただ、作中描かれるマリーと真理の出会いは本当にすばらしく、個人でできることなんてと思う一方で、個人と個人が出会うかけがえのなさに大きく救われる思いになるのも事実なのだった。


大きな問題点に対して自分という存在が矮小に見えるというのは、大なり小なりだれにでもあると思うけれど、矮小だからこそ自分の前にあらわれてくれた人間と向き合っていくということを大切にしていきたいね。こう書くと、そんなん当たり前じゃんとも思うけど、いがいと忘れがちなんだな、こういうこと。

 

原作と言うべきなのかわからないけれど、映画のあとに本の「急に具合が悪くなる」も読みました。宮野真生子さんと磯野真穂さんの往復書簡、こちらもほんとうに素晴らしかったです。

www.shobunsha.co.jp


映画では介護のありかたや人と人との境界線のあいまいさなどテーマを広げていましたが、宮野さんと磯野さんの往復書簡では、あくまでも個人と個人のやりとりという印象です。ただその「やりとり」の掘り下げ方がとんでもないというか、自分の思考や相手の思想を本当に本当の言葉で伝えようとする、知ろうとすることって、本当に労力や覚悟のいることだと思うし、ときにとても怖いことであると思う。
この往復書簡ではその「怖いこと」をやっていて、人と人が出会う奇跡さに慄いた。
この本を先に読んだ友人が「魂の結びつきのようなものを感じた」と言っていて、読みながらずっとその言葉を思い出していた。
その友人とは、だいたい「だから、つまり、人間をあきらめたくないね」という話に帰結する。まだなんとか希望をすっかり捨てずにいられるのは、私にこういう友人がいるからなのかもしれない。


ひとしく双方向な関係性ってたぶん滅多に生まれないものだし、それを考えるとひとりでも友人と呼べる人間に出会えるってやっぱり途方もないことで、こんな私と友人になってくれた人のことはしっかり大切にしようと思うのだった。ときどき面倒になってLINE無視するのはごめん。
しかし実は私には、人気者になりたいという夢があるのであって、その夢を話すと友人は「変な夢」と笑うのだった。

 

最近自分の身に起きた情けないこと。
渋谷で迷子になった。同じところをなぜかぐるぐるしてしまい待ち合わせ場所にまったくたどり着けず、もうあきらめて帰っちゃおうかなと思うほどどこにも行けなかった。タクシー乗り場を見つけたときは、すべての問題が解決したような感動につつまれた。

 

最近悩んでいること。
長編の原稿がいいかんじに進まない(このブログを編集さんが見る可能性は……ある!ごめんなさい)。
なので考え方を変えることにした。書けない状態のほうが私は通常、書けなくて当たり前、書けている状態のほうがおかしい。ので、書けないことで必要以上に自分を責めるでない……。
ただ書けなくなることは本当にふつうに起こると思っていて、でもそうなったとき、べつにだれも困らないんだよな、私が書かなくたって問題ないのだと思うと、わっ怖! 書かなきゃ……という気持ちになって、これはけっこう不健康な気がする。もうすこし気持ちに余裕が出るといい。

 

最近聴いているラジオ。
文化放送。

 

最近できたこと。
Xのアプリを消した。


最近食べためずらしいもの。
会社の半期おつかれさま会で、自分では絶対に行かないようなお高い中華料理店に行った。北京ダックをはじめて食べた。最初にまるごとのザ・北京ダックが出てきて、そのあと細い春巻きみたいなかんじに調理されたものが出てきて、わたし北京ダックって、あの丸ごとのものをみんなでつついて食べるんだと思っていたからびっくりしたのであった。食べられる部位ってほとんどないらしい。おいしくいただいたけれども、動物を食べるとときどきふいに、魚の踊り食いを見たときのような気持ちになる。魚は大好きだけど、踊り食いだけはできない。

 

少し楽しみなこと。
今月誕生日がある。べつにとくになんの予定もないけれど、なんとなく、誕生日って自分の日ってかんじがする。
それにしても人が亡くなると、誕生日より命日のほうがその人ってかんじがしてしまうのが不思議。

 

疑うことと信じること

そういえば昔、あれは小学生のとき、何年生のころだったか忘れたけれど、牛乳パック事件があった。今もそうなのかはわからないけれど、給食に出る牛乳パックは必ず専用に用意されている袋に入れるべしというルールがあって、教室にあるごみ箱には絶対に捨ててはならなかった。けれどある日、だれかはわからないけど、教室のごみ箱に飲み終わった牛乳パックが捨てられていた。それを発見した担任が、それはもうどえらい剣幕で怒りはじめた。
今にして思えば、なぜあんなに担任が怒っていたのかわからない、いやたしかにみんな守っているルールを一人だけ破るというのは許されざることではある。でもそれにしてもなんだかあれは、たいへんな裏切りをしたユダを見つけるがごとくの怒り方だった。


帰りの会で、牛乳パックを教室のごみ箱に捨てた者は正直に言え、名乗り出る者があらわれない限り帰りの会は終わらない、と宣告された。そしてその言葉通り、帰りの会の時間がすっかり過ぎていつもなら自由な放課後になっている時刻になっても、私たちは教室から出られなかった。
牛乳パックを捨てた者は素直にすぐ自白すれば、まだ気まずくなかったかもしれない。けれど沈黙が続けば続くほど、名乗り出ることはむずかしい。それもまだ十歳かそこらの子どもである。責めないから犯人よ正直に名乗り出てくれと、私たちは全員考えていたと思う。しかしだれも手を挙げない。ああこれはもう永遠に教室に閉じ込められる……と思ったとき、なんか私はすべてのことがばかばかしくなって、「私です」と手を挙げてしまった。
あの行動が正解だったのかいまだにわからない。正義感みたいなものはもちろんなかったけど、それでも私がここで手を挙げればこの苦痛の時間が終わるのでは? そしてちょっとヒーロー的では? なんてことは多少は考えていた気がする。罪をかぶることがヒロイズムになるとは今は思わないけど。


それで、まあとにかく私たちは永遠と思われた帰りの会から解放された。ただ、どうやら私は日ごろの行いがよかったので(!)、担任は私の自白を信じなかった。しかし私は妙なヒロイズムにとりつかれており、「いや私ですよ」と罪を否定しなかった。あとから「ほんとにあなたがやったの?」と聞いてきた友達には正直に言った気がするけど。


べつにそれで牛乳パックをゴミ箱に捨てたやべーやつみたいなレッテルを貼られることはなかったし、真犯人を今生恨む……みたいな感情もなかったけれど、でも、あの教室内に真のユダはいたんだよな、ということをときどき考える。だれかはいまだにわからない。どういう気持ちで私の嘘を聞いただろう。おっラッキー!と思ったか、それとも罪悪感があったのか。かつての同級生たちは、なんなら真のユダでさえ、そんな事件のことは忘れているかもしれない。
人間というのは、そんな幼い子どもでさえ、保身に走れる生き物なんだよな、ということを考える。

 

なんの話だってかんじなのですが、ひとりの人間を信じることって、簡単でむずかしい。疑うよりは信じるほうがいいのだろうけど、でも、信じるってある種思考の放棄でもあるよなと思う。
小沼理さんの「悲しい話は今はおしまい」を読みながら、なぜか私はそんな幼少のころのエピソードを思い出していました。

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www.kashiwashobo.co.jp

 

今だけは「明るい話」をしよう。絶望しないで話し続けるために。傷も喜びも責任も抱えながら社会と向き合った、実践のエッセイ集。

この傷だらけの時代に、希望をどう語れるだろうか? 悲しみから目を背けるのではなく、喜びを抑圧するでもなく、その関係をもっと複雑にしていくことはできないだろうか。星々の結び方を変えて、新しい星座を作るみたいに。
“これは私が喜びに罪悪感を抱くのではなく、社会と向き合う原動力に変換することを学んだ話である。そして、その近くにいたたくさんの人たちの話でもある。友人たちの前向きさや気楽さ、喜びも政治的実践も諦めない姿は、私にとって星の光だった。”
(「はじめに――緊張しながら笑う」より)
友達のクィアパーティ、ゲイアーティストとの対話、タイムラインを埋め尽くす犬の動画、パレスチナ解放デモ、プロテストのTシャツ作り、植物の世話、韓国語の勉強……。悲しい星座と明るい星座をぐるぐるしながら、暗い日々を生き延びる19編。

 


すごーーーーくいいエッセイでした。考え方が自分とすごく似ている気がして、エッセイのひとつひとつがゆっくり胸に入ってきました。

 

社会問題という大きなものに対して無力感や後ろめたさがすごくある。なにか行動しないといけないという不安や焦り、けれどなにか行動した先で疲弊・消耗すること、それでも自分は恵まれているほうなのだという事実にまた罪悪感をおぼえ、つまるところ自分を許せないという感覚がここ数年はとくにある。
楽しむのはいけないことなのかな、喜んでもいいのかな、だれかにおうかがいを立てるようにこわごわ生きている気がしている。
このエッセイの著者の小沼理さんもそんなふうに後ろめたさを感じながらデモに参加したり寄付を行ったりし、自分の生活のバランスが保てなくなってゆくということを書かれていて、その感覚がすごくわかった。とくに「許されたい」という気持ちがあった、というのが本当に痛いほどわかった。


この社会には悲しい話、それは差別であるとか権利が認められないことであるとか戦争がなくならないこととか、本当にたくさんの悲しい話があって、その悲しい話を見て見ぬふりはできないんだけれど、悲しい話ばかりだと結局希望も見出せない。
悲しい話ももちろん必要だということを前提に、悲しい話以外で問題に向き合い考えていく方法を、この本はとても丁寧に誠実に伝えてくれます。

 

悪い人間なんてそうそういない、と思うけど、善い/悪いという単純なことではないかもしれないけど、でも保身や権力によって自分のことしか考えられなくなる人間はたしかにいるのだと思う。自分(たち)が普通、正しいと思い込んで、ある層に対して差別的、排外的な言動をする人も、やはりいるのだと思う。「そんな人はいない」と信じることは、善いことではないと思う。

自分がそうでありたくないから、他人に対して、利己的あるいは差別的な人間なのか?と疑う気持ちを持ちたくないけれど、疑うこともまた、その人間に向き合うということなのかもしれない。人を陥れるつもりはなかった子が、保身のために名乗り出なかったこと。私はユダを守ったわけじゃなくて、ただ向き合うことを放棄しただけだったのかもしれない。そういう意味では、先に裏切ったのはたぶん私だった。
牛乳パックなんてすごく些末なことかもしれないけど、あのとき黙っていた子を疑って、そしてそのあと信じたかった。

 

少しずつでも他人に心を寄せる人間がもっとたくさん増えるといいと思う。そのためには、社会全体に余裕が生まれることが必要で、そうするとやっぱり社会問題に目を向けないといけない。堂々巡りな気もしてしまうけど、そうやって考えることがまず、堂々巡りの外側への一歩なのかもしれない。

私は毎日のほほんと生きたいし、楽しいことだけしていたい。でも、それは無理なんだと思う。ちゃんと悲しい話もしないといけないし考えないといけない。そのことを認めて生き続けないといけない。だからこそ、ときどき悲しい話はおしまいにして、考え続けていきたいと思いました。

連載がウェブでも読めるようになりました

お知らせ記事です!

 

「青春と読書」で連載中の「骨を盗む日」1話がウェブでも読めるようになりました。

orangebunko.shueisha.co.jp

ナチュラルホモソーシャルミソジニストの上司に日々鬱憤をためている春子。あえてSNSでミソジニー的投稿をし炎上を誘うストレス解消に興じていたある日、親の再婚によりできた姉の灯加に「実母の遺骨を盗みたい」と持ちかけられる話です。なんかあらすじ説明しようとすると情報量が多い!

全文無料です!

せっかくなので冒頭を少し引用しておきます。

 

 キャンプファイヤーというものを、一度もやったことがない。けれど燃えさかる炎を眺めて踊り歌うと、こんな気分になるのかもしれない。そろそろ眠らないと明日に支障をきたす時間帯なのに、止まらない通知に目が冴えわたる。
 何様だよ、男のほうが使えねえから、つけ上がるしか能がない生物、それが男……。ベッドに寝ころびながら、引用されていく投稿の数々を読み上げ私はほくそ笑んでいる。
〈たいした責任も負わないくせに発言だけはマジで一丁前だよな。ハラスメントだの権利だの言うなら使い物になるくらいの仕事をしてくれや。どうせたいしたことないのに生理休暇様様、家でのんびりするだけの育休様様。自分らにとって有利な「平等」を掲げる生物、女っていうんですけど〉
 課長が考えていそうなことを露悪的に書いてSNSに投稿し炎上を誘うという趣味は、決して健康的とは言えないだろう。炎上といってもフォロワーがほとんどいない弱小アカウントでは気づかれることはそんなにないし、燃えてもほんの一瞬だった。これが最近の唯一のストレス解消法だなんて、自分でも情けないと思う。それでも、一瞬だけでも投稿が批判され断罪されていくさまが、私にはどうしても快感になる。
 投稿元を擁護する声はない。世間ではこんなに正しい声が上がっている。けれどこの怒り狂っている正しい人たちに、いったいどこに行けば会えるんだろう。

 

骨を盗む日第1話

 

1話のボリュームもそんなに多くないのでわりと気軽に読めるかな?と思います。扉イラストを担当してくださっているのはzinbeiさんです。

ぜひよろしくお願いします!

 

そしてこの1話の続きが掲載されている青春と読書7月号が発売中です。

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seidoku.shueisha.co.jp

 

よろしくお願いします!