もしこの先ながく生きることができて、自分の人生を振り返ることがあったとして、印象に残っている年は……なんて考えたとき、この2025年という一年は特別なものであったと思い返す気がする。
年の瀬という言葉が好きです。というか「瀬」という漢字が好きです、かっこいいから。12月27日、紛うことなき年の瀬。
会社の福利厚生が終わっているせいで年末年始休暇が元旦しかなく、30日まで出勤しないといけないので(大みそかは有給をとった)締まる感じもあまりないですが今年の振り返り日記を書きます。
といってもちょこちょこ月の終わりに日記を書いていたし作家仕事のふりかえりも別にまとめたのでいまさら書くこともそんなにないのですが、今年は本当にいろんなことがあったよ。仕事のまとめはこっち。裏話てきなことも書いているので興味ある方よければ!
去年に引き続き読書計画をしながら本を読んでいました。
1月の読書計画 pic.twitter.com/RrBsaOi6dK
— 村崎なつ生 (@mrskntk3511) 2025年1月2日
読書の記録、Readsというアプリでつけはじめました。ときどき「読書計画をけっこう楽しみにしている」と言ってもらえるので、引き続きやっていきたいです。感想もちょこちょこ残しているのですが、この感想というのはいったいどれくらいの需要があるんだろう……?とときどきふいに冷静になって考えてしまうのですが、感想ってそもそも需要のあるなしで書くものじゃないよね…たぶん…!
でも本当にときどき、ブログの感想を引用してくれる人がいるとめっっっっっっちゃうれしい、あれはなんだろう、わかりあえた感…?私ひとりじゃない…!というやすらぎ……?単純に好きなものを共有できたよろこび…?布教に成功した達成感…?
まあきっといろいろあって、私はさびしがりやなんだろうな~という帰結に落ち着く。
文学フリマに3回出店者として参加しました。京都1回、東京2回。は~楽しかったな。私たぶんお祭りっぽいことが好きで、非日常感を味わえるあの場、本当にありがたく思います。でも小心者だからひとりでは絶対に出店参加できなくて、これはもう何度も言ってしまっていますけれども一緒に本をつくってくれる関かおるさんに最大限に感謝をしています。
あとふたりで撮った写真を見返していたら、関さんのほうが身長が高いんだ!ということにこのまえ気づきました。日常は小さな発見の連続。
忘れがちだけどそういえば私って今年離婚をしたんだということをときどき思い出す。
決断する前はやっぱりそれなりにいろいろ考えたし、今も、そしてきっとこの先もこの選択が120%よかった絶対によかった絶対に後悔しないと思うことはないのかもしれないけど、それでもしてしまったあとは、まあこんなもんか、という気持ちにはなった。
不安がまったくないわけではもちろんなく、生活をともにしてくれる人がいる心強さはやっぱりほしいけど、じたばたしてもしかたがないのであまり悲観的にならずに過ごしていきたい。
しかしもともと家事をするほうではないのですが一人暮らしをはじめて本当にまったく自炊などをしなくなった。大丈夫なんだろうか……と他人事のように思っている私は本当に大丈夫なんだろうか……。
数年ぶりに友人に再会した。いわゆる幼なじみという友人で、保育園、幼稚園、小学校、中学校、高校まで一緒(まあ田舎だからね)、互いに地元を出てから近くに住んでいたこともあるくらいの仲の良さだったけれど向こうに子供ができ、この数年は連絡をとりあうことも自然に減り、そうなるとなにかきっかけでもないと本当にふつうに人って会わなくなるね。
今年は自分の本を出せて、それを地元の友人たちにもお知らせしたのですが、けっこう知らせるかどうかは迷ったところですが、結果的によかったなと思います。それでまたちょこちょこ連絡を取り合って再会することができた。や、本当はきっかけなんてなくてもべつに、久しぶり~と連絡すればいいのはわかっているのだけど、どうして連絡をしようと思わなくなるんだろう。
それは互いの人生においてたぶんもう絶対必要な人間ではなくなっているからで、せわしなく過ぎていく日々、必死に生活をしなければいけない現代に不必要な人間関係って正直すこし面倒で、でも仲のよかったころの私たちって、必要か不必要かなんて絶対考えていなくて、いつか忘れる言葉のやりとりを楽しんでいた。
今ではすっかりきれいなだけの思い出になったけれど、きれいな思い出などいらないから、年老いても数年連絡をとっていなくても「久しぶり~」と、だれかにとって理由もなく会える人でありたいなあと思うなどしました。
と、そんなようなことを書いた小説が……あってですね……片付かないふたりというんですがね……(これは宣伝です)
確定申告、大丈夫。私は意外と前倒しで仕事をするタイプなので、ちゃんと今年分の経費は入力済み、あとはもうほとんど申請するだけ(のはず)なので、きっと大丈夫。確定申告って恐ろしい言葉のようにとらえられていて、じっさい私は去年はじめてこれを行い右も左もわからぬ状態で怖かったのですが、意外と怖くないかもしれない。怖いという先入観によって必要以上に怖がっていただけなのかもしれない。
でもこれ、だれも正解を教えてくれないよね、や、なんの連絡もこなければ大丈夫だとは思っていますが、でも本当に合ってるのか、確定申告関連の話題が出たとき自分の知らない言葉が出てくると(こ、こわい!!???????)となって耳をふさぎたくなります。税務署の人、おねがいだから「あなたはこれで大丈夫ですよ!バッチグー!」と連絡してほしい。
去年マイナンバーカードが全然スキャンできなくて本当に泣きそうになっていたのですが、よく見たら私はいっしょうけんめい運転免許証をスキャンしようとしていました。もっとスマートに生きたいなあ。
運転免許証、ただの身分証に成り果てている。なんの自慢にもならないペーパー歴10年以上のゴールド免許。実家に帰ったときちょいと練習してみるかな……という気持ちにならなくもないんですが、少し前に実家の車はマニュアル車になっていた。どうして……わざわざマニュアルを……とぶつぶつ言いながらも(ふうオートマ限定免許のおかげで運転の練習をしなくていい理由ができた、しめしめ)とも思っています。
ここまで書いて気づきました。これってぜんぜん2025年の振り返り日記じゃない。
でも年が変わるからといってなにかが劇的に変化することはなく、楽しいこともうれしいこともつらいことも悲しいことも理不尽なことも、今もこの先も起こり続けてゆき、あえて振り返りをするなんて本当は意味のないことなのかもしれないし、振り返るならば一日ごと振り返るべきなのであって、特別なことはまだ覚えていられそうだから本当はすぐ忘れるようなことを残しておくのがいいのかもしれないとも思う。
それでも年の瀬の空気というのはとても不思議で、とりあえず振り返っておかねばという気持ちにさせられる。
大晦日という日がけっこう好きで、しんと静かで澄み渡っている空を見ていると、自分と世界だけが一対一になったような、その瞬間だけはかなしみもよろこびもない状態になれる気がする。
まあそんな、大晦日の空気を書いた小説が……あってですね……ハルシネーションの庭というんですが……(これは宣伝です)
楽しいことも悲しいことも疲れることもたくさんあって、なんでこんな世界で生きていかないといけないんだ……と途方に暮れることも本当にたくさんあって、それでもいまのところ私の生活は続いていく予定です。
今年はたくさんの人に出会うことができました。こんな私と出会ってくれてありがとう、だれかがいるから私も生きていけるんだと思います。などときれいなことを言ってみたり。
書きながら、このブログを読んでくれるだろうなあという人たちの顔が浮かんでいます(顔は知らなくても)。あなたたちのことです、いつもありがとう、たいへんお世話になりました。これからもお世話になります。
こないだ日高屋でラーメンを食べていたら、ビールを飲む一組の男女がとなりの席のおばあさんに「私たち、何歳に見えますっ!?」と話しかけていて、おばあさんも「え~うふふ」ときゃっきゃっと応じていて、その文脈があんなに楽しげに使われている場面にはじめて遭遇しました。
瀬という言葉には流れが早いという意味があり、年の瀬というのはあわただしい時期のことを指しますが、私はそのなんの意味もない年齢構文を聞きながら、年の瀬だなあとのんびり思ったのでした。