今日もめくるめかない日

夕木春央「方舟」読みました(ネタバレしかしてない感想)

 夕木春央「方舟」を読みましたので感想です!ネタバレしかしてません!!
 単行本が発売されたときから話題沸騰、気になる~~~ってずっと思っていたのですが、こたび文庫が発売されたので購入、一日で読んでしまいました。

 作品未読の方はこの感想を読まないほうがいいと思います!!!
 帯にある「一生ものの衝撃」ぜひ味わってくださいませ……。

bookclub.kodansha.co.jp


 前述のとおり「方舟」は発売当時から話題沸騰、賞賛の嵐、流れてくる感想を見ると、どうやらどんでん返しのような大変な結末が待っているもよう。
 次から次へと称賛が流れてくるので、評判だけは知っているという状態になり、まあ実際のところ、「本当にそんなにすごいのか…?」とも思うわけですね。
 なんの前情報もなかったら純粋にびっくりすると思うんですが、「びっくりする」ということがわかっているうえで本当にびっくりするのか…?  帯にでかでか「どんでん返し!あなたはきっとこの結末に驚く」などと書かれたものほどネタバレなことないですからね。


 本当にとんでもない結末を用意してくれてんのかねえ? 私をびっくりさせてくれるのかねえ? お手並み拝見してやろうぞと、謎に上から目線で読みはじめたのですが、読み終わったとき、というかエピローグにさしかかったとき、私はしっかり「えーーーーーーーーーーっっっっ」と衝撃を受けていました。すみませんでした。


 SNSでは読んでいない人の目にふいっと触れる可能性があるので、「えーーーーっっ!!!」としか叫べなかったのですが(登場人物の名前を出すことすら難しい…)、ここではもう好きに書ける、ここを読んでいるということは、あなたはすでに「方舟」読者ですね、最後の衝撃のことについて語りたい気持ちはよくわかる、よくわかるけど、まずなにより先にこれを言わせてほしい。

翔太郎!?!?!?!?!?!!?!?!?


 え~~~~!翔太郎~~~おまえ~~~~だってだって翔さんあなた最初から頼んでもないのに推理を披露して「できる」人オーラをばりばりに出していたじゃんか……推理しすぎてわりと最後まで私は「こいつが犯人に違いない……」って信じ込んでいたくらいなのにさあ……有栖川有栖さんの解説にて「ここまでコケにされた探偵はいない」と書かれていたけどさあ……その通りじゃないですかあ……。

 

 でもいかにも主人公ってやつが助からない、というのは方舟を読み終えたときに納得させられてしまうことでもある。
 生き残るべきなのは愛すべき大切な人がいる者という、方舟に閉じ込められるような経験がないから意識的にそんな考えを持ったことがないけれど、誰かを選別するという状況になったとき、家族の有無はたしかに、選ぶ基準の一つになるのかもしれない。
 選ばれる側としても「自分がいなくなったら悲しむ家族がいるから死ねない、家族のために死ねない」という心理が働くわけだけど、じゃあ家族がいない人が助からないでいいのかということにはならない。
 ならないはずなのにこの理屈に納得してしまいそうになる私は、私はきっと脱出できない……。

 

 一気読みしたのは「とにかく私を驚かせてくれよ……まだまだ謎はこんなもんじゃねえんだろ……?」という驚き禁断症状みたいな状態になっていたからですが、それでも「方舟」は構造がおもしろいですよね。


・脱出するには一人が犠牲にならなければならない(誰を犠牲にするか?)
・動機がわからない意味のわからない殺人事件が起きる(犯人は誰か?)


 この一見独立しているような2つの謎がうまくつながっていて、どんどん読ませてくれます。
 そして最後まで読んだとき最初から間違っていたことに気付くのです。
 そうです順序が逆なのです。柊一たちは殺人事件が起こったから生贄のための犯人をさがしていました。
 でも実際は、生贄になるために殺人事件が起きた。

 モニターが逆になっていたように、読み終わったとき、すべてが逆転している。
 動機の順序、助かると思われる人数、推理している/させている、地上と地下。旧約聖書では方舟に乗ることで災害から逃れるけれど、本作「方舟」は方舟に残ることで死ぬ。
 いろいろな立場が逆転しているなかで変わらないのが人間の価値なのでしょう。
愛する人間がいようがいまいが、家族思いだろうが、暴力的な一面があろうが、優しかろうが、華麗な推理をしようが(…)、人間ひとりに対する価値は平等であること。
 犯人の麻衣は、自分に価値があるから生き残るべきと考えたわけじゃなくて、生きたいから生きた。「生きる価値がない」はずである殺人犯をさがし出そうとしていた時点で、生きのびることなどできなかったということなんでしょうか。
 しかし最後、「愛する人のため」の行動をすれば助かることができたかもしれないというのは見事な皮肉です。

 謎がたくさんあったと思われたこのミステリは、わかってしまえばとてもシンプルな構造でできている。シンプルなのに見破れない。
 殺人が起こったから突破口を見つけたわけじゃなく、突破口をつくるための殺人という、最初の因果性からして逆転していたのだから、そこからどんなにすごい推理を披露しても(…)正解にたどり着かない。
 それに犯人が見つかったとして、犯人が本当におとなしく「生贄になります」なんていうか?という最大の疑問が残っていたわけだけど、そりゃあ残るわ。実にシンプルだ。

 そういえば最後まで読んで、冒頭にある旧約聖書からの引用を読み返しました。

わたしは地の上に洪水を送って、
命の息のある肉なるものを、
みな天の上から滅ぼし去る。
地にあるものは、みな死に絶えるであろう。
ただし、わたしはあなたと契約を結ぼう。
旧約聖書 創世記 第六章 十七節、十八節)

 麻衣じゃん!めちゃくちゃ最初に答え書いてあるじゃん!!!!!!!!

 

 そしてページを閉じ、ふうと一息ついて最後に表紙を見てぞっとしました。「方舟」、洪水になっているじゃないですか……。めちゃくちゃ最初に答え書いてあるじゃん……。

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