今日もめくるめかない日

地球の記憶(地球の恋人たちの朝食/雪舟えま)

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 この本、もう奇跡だよ。

sayusha.com

《あたしは地球の数倍重力の強い星からきた女だ 地球人の数倍重い夢に 耐えられるようにできているはず》

穂村弘歌集『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』の主人公「まみ」のモデルとしても知られる歌人雪舟えまによる伝説の最初期作品集が、20年の時を経てついに書籍化! 日記・詩・小説などジャンルを縦横無尽に行き来するwebニッキ「地球の恋人たちの朝食」の2001年から2008年までに公開された作品群から217篇を厳選。巻末には穂村弘による解説「言葉の超常現象」を収録。

 

 2001年から2008年に、ウェブに突如あらわれたという雪舟えまさんの日記? 散文? 詩? 小説? そのどれでもあって、どれでもない言葉のつらなり、「言葉の超常現象」とはまさしく。
 2001年といえば私はまだまだぜんぜん雪舟えまという存在を知らず、二十年越しに「地球の恋人たちの朝食」を読んだ人間ですが、リアルタイムで、ウェブで、地球の恋人たちの朝食を読んだ人は、いったいどんな衝撃を受けただろう。
 そしてもしも私がリアルタイムで読めたとして、ちゃんと衝撃を受けられるだろうか?

 

 というのも今はもう私は「雪舟えま」という作家を知っていて、ほとんど無条件でその作品を信じているので、「地球の恋人たちの朝食」を読んでその幸福を噛みしめたわけですが、「雪舟えま」を知らないときに出会っていても、同じように好きになっていたのか心配になる。
「地球の恋人たちの朝食」、この作品は理解の範疇をこえている。理解も共感も批判もまったく必要ない、そこにいる者たちのためだけの言葉。あまりに唯一無二で、文章が辿り着きたいひとつの理想形だとおもう。
 二十年前、「地球の恋人たちの朝食」を発見して、いまも変わらぬ衝撃を受け続ける人たちがいるのだという事実にまず感動する。

「地球の恋人たちの朝食」は、たぶんひとつの奇跡です。

 

 この作品に対して私が用意する言葉はすべて無意味におもえてくるし、きっと言語化などする必要はないのだとおもう。

 ただはっきりとひとつ思ったことがあって、これは地球の記憶なんだということ。

10月7日
地球を旅立つ日 船内にひとつだけ持ちこめるリュックに想いでの品をつめていると ナビゲーターのヴァニラウエハーが音もなくあたしの部屋に実体化した
(2001/07/21 地球の恋人たちの朝食)

 

ああ これが時間なんだ
こんな静かな朝をあと1万と何千回くりかえして
それで全ぶなんだ ということが
すごくはっきりわかったのです
(湯気がいいました「yes」)

……

あたしもう素敵なことしかしないわ
あたしもうがまんしない
可愛いことしかしないわ
(2001/12/13 右手にマグカップ 左手に宇宙)

 ある日の日記では「あたし」はナビゲーターのヴァニラウエハーに連れられて地球を出、ある日の日記では朝ミルクティを飲みながら時間についての気づきを得る。

 すべての日記は地球を外側からみている感じがする。そこには数えきれないほどの多くの個人がいて、生きたり泣いたり幸福になったりアイスを食べたり好き合ったり別れたりしている。

 そのすべての記憶が描かれているのだと思う。

 

秋は容赦ない美化委員だとおもう
秋はもっともいきものがしぬんじゃないかとおもう
夏にたまったものを みんなはききよめて あらいながして
空に吸いあげられてしまう
そしてなにもなかったような顔して 綺麗でしょう?と秋は笑う
すごく綺麗なひどい力を秋とよぶ

わたしは秋うまれ。

きれいなことして。 すきなひと
(2004/10/22 綺麗なひどい力)

 うまく言えないのだけど、だれかの記憶じゃなくて、だれかが感じたことを地球という星がそのまま内包していて、それがそのまま地球の記憶になっている気がする。
 いま私たちは地球に住んでいるのに不思議だ、というようなことを開設で穂村弘さんも書いていた。
 だから、自分が感じたことのないことでも、読んだことで私と私とつながっている地球の記憶になっていくような、そんなかんじがする。

 

歩きながら恋人はあたしの横で まるくなったガラスや石を拾っていた
この人ほんとうにあたしをすきなのだとおもった
なぜなら
そうじゃなければ砂浜でそんなもの拾わないとおもった
……
クリームパンをあたしひとりで食べてることに気づいた
恋人は
「信じられない」
と ゆった
「信じられないことがたくさんあるんだね」
と あたしはゆった
(2004/04/28 海 と クリームパン)

 こんなに純粋で、だれのためにも書かれていない言葉があるんだろうか。
 発信は、どれだけ意識しないようにしても、(人からどう思われるだろう、こう感じてもらえたらいいな、こんなふうに受け取られたらいやだな)とか、そういうことを考えてしまうけど、「地球の恋人たちの朝食」はすごい、私のための言葉じゃぜんぜんなくて、私がなにを思ってもいい、言葉にしなくてもいい。ぜんぜん関係ないところで、でもこの地球で光っている。そんなのって奇跡じゃないですか。

 

1 おなまえは。
22 ものに名前をつけますか。あれば例をおしえてください。
27 いちにち24時間のうちでじぶんの性質を時間にたとえたら何時ですか。
51 暗記している詩、そらでいえる小説の一節などありますか。
98 あなたにとって嘘とはなんですか。
(2004/09/20 シャービックが冷えるまでの100の質問) 

 読み終わってしまってすこしさみしくも思うのですが(一度目は二度とこないから)、月がおおきい秋ですし、今はシャービックが冷えるまでの100の質問にゆっくりこたえながら地球の時間をすごしたい。
 いつか私が地球を出るとき、そこが可愛ゆいものだと知りたい。わたしたち、可愛ゆいものでありましょうね。

 

51 暗記している詩、そらでいえる小説の一節などありますか。

「また会いたいよ」
「会おう、永遠の中で、またあとで」
(ワンダーピロー/雪舟えま)

手を洗いすぎぬようにね愛してたからねそれだけは確かだからね/雪舟えま