今週のお題「SFといえば」
SF作品と呼ばれるものを、そういえば私はいままであまり触れてこなかった。
SFといえば、エヌ氏やエフ氏が出てくるもの、キツネが宇宙に旅だったりするもの、人類がコールドスリープを体験するもの、ロボットと人類が友情を築いたりするもの、タイムマシンを使って未来へ旅行したりするものとか、科学のあれこれを駆使した空想小説とか、そういうぼんやりとした知識しかなかったし、いまもだいたいそんな感じだ。
ただ、「そうかこういうのもSFなんだ」と新たなとびらを開いてくれた作品は、雪舟えまさんの小説。
SF、なんとよみますか。
雪舟作品は宇宙のどこかにあるかもしれない星を舞台にしていることが多い。スペース・ファンタジー、スペース・ファンタスティック……? でも宇宙の謎、とか未知の生物との遭遇、とかものすごく壮大なことが描かれているわけではない。むしろ小さな日常、ひとりとひとりの他愛のない会話、そういうことが描かれている。
それはこの地球ではないどこか知らない星の話。だけど宇宙のどこかにあるかもしれないと読むたび思わされる。まるで実際にみたことがあるように景色が描かれているからだ。
以前感想を書いたけれど、私たちが住む太陽系とは少し違う「タイヨウ系」が舞台のお話。惑星間では宇宙船が行き来し、月、金星、水星、火星、太陽……。それぞれの惑星での暮らしぶりがどれも最高にいい。恋愛、友愛、家族愛、こんなふうに名前はつかないけれど特別な関係を築いていく人たちの生活がつづられている。
夕方、相棒の緑と居住区外のドライブに出かけた。
居住区の端のドライバーズポートまでは、ライムグリーンの蔓ボディーのバスが出ている。俺たちの前に現れたバスは後方に向かって蔓がもじゃもじゃと伸びてきていた。
(中略)
彼がすきなのは、ニューナガタチョウやニューカスミガセキ方面ゆきの清楚な月薔薇のバスや、ニューコクブンジ方面ゆきのかすみ草と青い花が咲く、可憐な花かごのようなバスだ。
(中央公論社 雪舟えま「恋シタイヨウ系/月 ナチュラルシティー」11頁)
「恋シタイヨウ系」は短編集で、そのなかの「月 ナチュラルシティー」という一篇で描かれる月の景色。月の居住区外、なんて急に言われても、不思議と「ふんふん、月の居住区外ね」とすとんと景色が浮かぶ。
ライムグリーンの蔓ボディーのバス、月薔薇のバス、可憐な花かごのようなバス。きっと鮮やかな植物が咲いているバスなのだ。ニューナガタチョウはどんな場所だろう。ニューカスミガセキにニューコクブンジ。ごみごみしていない、きっといつも星空を大きく眺められるような街なのだ。もうこの描写だけで、しあわせな気持ちになる(本当に本当の冒頭部分なのだけど)。きっと素敵なことが起こるのだ、という予感がする。
こちらも短編集。このなかの「とても寒い星で」という一篇がとてもすきです。家と会話ができる「家読み」のシガ。家と話をし、住人に伝えてほしいということがあれば聞き、それを住人に伝える。それがシガの仕事。
仕事中、ある家と話しているときに、「納屋に流れ者がいるからどうにかしてほしい」と頼まれる。その流れ者は仕事をさせるためにつくられたクローンでナガノといった。雇い主から離れその星に降りたナガノはシガと行動をともにするが、ナガノには奉仕場を離れると爆発する手枷がついていて……というはなし。
シガとナガノ。漢字にすると滋賀、長野、と日本の地名が浮かぶから、どこか親近感がわく。けれど決してここではない遠い「とても寒い星」の話でもあり、“遠すぎない”あんばいというのか、そういうのがちょうどいい。そして本のタイトルにもなっている「黒スープ」の描写が、これまた飲んだことも、みたことも、想像すらしたことがないのに、とても魅力的なスープとして描かれている。
小さな調理台に火を起こし、水を入れた鍋にかけた。から炒りした豆を挽いた黒スープ粉末のびんをあけ、ふたつの器に粉をふり入れる。豆の性質、抽出のしかたや飲みかたはさまざまながら、この黒スープ、それに類似した飲みものは近隣の星ぼしのどこへ行っても見かける。
(筑摩書房 雪舟えま「凍土二人行黒スープ付き/とても寒い星で」14頁)
とても寒い星でふたりで飲む黒スープは、ぜったいにおいしくてあたたかい。
「家読み」というふしぎな仕事が出てきましたが、ほかの作品でもまた別の不思議な仕事が登場する。
「パラダイスィー8」、こちらも短編集。このふしぎなタイトルの理由はぜひ読んでたしかめてほしいのだけど、表題作でもある「パラダイスィー8」は、結婚して一年で妻をなくしてしまった弱(ジャク)が主人公。ただ、夢のなかで妻の麗と会話をしている(それもわりと具体的な内容)。思い出を語らうというよりは現在進行形の会話をしており、そのうち麗から「近いうちに私の実家へ行ってみて。あなたにいいおもちゃがもらえると思う」と言われる。
そこでもらったのが飛行船。免許もなにも持っていない弱が飛行船を操縦できるようになるまで、死者との距離が近づくような空の旅、死んでしまった人はちょっと旅に出ているだけじゃないか、と思えるなんだかあたたかい身軽さ、弱と麗、仲間たちとの絆。そんなことが描かれている。
飛行船を操縦できるようになった弱は、最初はただ人を乗せていただけだったけれど、空から散骨をしたいという人が増え、遺族を乗せてフライトをするようになる。
「未来月島」というのが「パラダイスィー8」の舞台。未来〇〇というのはよく雪舟作品に出てくる架空の街なんですが、「未来東京」が舞台になっているのが「緑と楯」。
この作品は「兼古緑と荻原楯の恋愛小説」、これしか言えねぇ……。だってほんとうにただそれだけなんだよ、それだけで、胸がいっぱいになるんだよ……。人を好きになる気持ち、というのが雪舟作品ではたくさん描かれていて(それはもちろん恋愛にかぎらず)、いくら読んでもお腹いっぱいにならない。これはほんとうにふしぎなことです。
緑と楯は高校生。友人同士で卒業後の話をする場面がある。
「将来月に住みたい、就職したいって人」と笑谷がいうと、ツンドラと林と水上がさっと手をあげた。
「月でツアー組んで、添乗員したい。就職はツクヨミ観光とか若鮎トラベルあたりで」と、林。
あーいいね、と一同うなずきあう。
「おれは乗りもののデザインしたい。ペーパーバス、フラワータクシー」とツンドラがいうと、これもまたいいねいいねとみんな感心する。
(集英社文庫 雪舟えま「緑と楯 ハイスクール・デイズ」106頁)
いつか月へ住むことが現実的な世界。会話のひとつひとつはどれも高校生らしいのだけど、未来東京の高校生の会話は、どれもとくべつで、すごく「未来」だ。そして「恋シタイヨウ系」で出てきたライムグリーンの蔓ボディーのバス、月薔薇のバス……もしかしてツンドラがつくったのか。
ちなみに「パラダイスィー8」で出てきた飛行船からの散骨、「緑と楯」にも出てくる。そういうのさあ、ああ~~~~~~もう、スーパー・ファンタスティック~~~~!!
そして雪舟えまさんの本の装画、カシワイさんというイラストレーターが描かれていることが多いのですが、この方の絵がほんとうに最高で大好きです。なんかもう、線からすき。幻想的な話によく合っていて、ずっとみていられる。
文:雪舟えま 絵:カシワイ
最高が約束されてる~~~~~~!!!
クローンであるナニューク37922号。子どもの目にしかみつけられない石を採掘して生活しているが、大人につれ石をみつける力は弱まっていく。その力が完全になくなる前に、いなくなった仲間、23号をさがしにいく。
採掘作業を卒業し、紅茶街で働きはじめる22号。23号はそこでニウという名で歌手活動をしていた。ふたりが再び出会って、一緒に生活していくはなし。
ページぜんぶがひかってるのか?というくらい、どきどきした。そっと大切にページをめくりたくなる本だった。
長くなってしまったけれど、わたしにとってSFといえば雪舟えまさんの作品です。
いつも一対一の愛情、友愛、いやもうそういう言葉では言い表せないくらいの感情が描かれていて、読んでいるととても幸福な気持ちになる。
SF、なんとよみますか。
緑と楯、シガとナガノ、弱と麗、22号と23号、ほかにもたくさん。わたしは「すてきな・ふたり」とよんでいます。