
春だー!と思ったら急に寒くなって着ていく服がまったくわからない。体調が崩れやすくなる寒暖差ですがみななるべく元気でいてね。花粉症もあるね、わたしはくしゃみはそんなに出ないのですが肌がめちゃくちゃ乾燥してます。
なんかこう、時間があっという間に過ぎていく、もう3月が終わる!?みたいな会話をよく聞くのですが、まあたしかに早いんだけど、わたしはそれよりこの春に妹の子どもが中学生になるので、12年分の時間の早さにびびっている。
卒業式の様子や制服を着ている写真を送ってくれて、年に数回は会っているけどいつのまにこんなに成長したんだと顔を見るたび新鮮に驚く。今のところ反抗期みたいなものはないようだけれど、中学にあがって一体どんなふうになっていくのか親戚の子どもなので無責任に気楽な気持ちで成長を楽しみにしている。
昔からなっちゃんなっちゃんと懐いてくれたけれど(わたしはこの甥に生まれたしゅんかんから「わたしのことはなっちゃんと呼べ」とささやいてきた)、そのうち「お年玉も寄越さないおばに用はない」なんていう態度を取られるのではないかと思うが、そうなったらそうなったで順当さを感じるような気もする。中学入学お祝いはちゃんとあげます。
5月に健康診断がある。
健康診断というのは年齢の区切りでちょっと内容が変わったりもするものですが、このまえ会社のおじさんが「アッ!ムラサキさんは残念ながら36歳のほうですね〜(笑)」と言ってきて、わたしは今年36歳なので35歳までと36歳以降の診断内容の境界線上にちょうどいたんだけど、残念ってなに?といまごろじわじわきている。あと(笑)をわざわざつけるような含みのある言い方だったのも思い出して少し腹が立ってくる。
女性の年齢についてからかうというか(わたしと同じ年の男性には一切そういうことを言わない、不思議)、若いほうがいいみたいな、ナチュラルにそう考えているひとはまだやっぱりいて、猛烈に怒りを感じることはないのだけど(オッ、コールドスリープから目覚めたばかりのひと?と思ったりする)、でもなんというか、なにかが消費されているというか削られている感覚はあるよなあと思う。
そりゃわたしだって若さを羨んだり若さの可能性をまぶしがったりしますけど、若いほうがいいことももちろんあるけど、でも、年を重ねていくことは少なくとも「残念」ではないし、からかって笑いをとろうとすることではないんだよなあ。
50歳をすぎているそのおじさんは、その理屈で言えばどれだけ残念になっちゃうのって感じだし、残念と言葉にしてしまうことで自分の年齢のことも必然的にからかいの対象になってしまうのは、なんというかやっぱりもったいないと思う。
年をとることを残念だって心から思っているひとのコミュニティだけで冗談を言い合ってほしい(でもそれっておもしろいんだろうか。言われたら嫌がるような反応を返される前提だから、つまらない冗談を言いたくなるのかな)。
昨日仲良くしてくれているフォロワーさんふたりと神保町に行った。
三省堂で海外文学マラソンというフェアが開催されていて、なかなか国内の本を読むのにも追いついていないのですが、海外文学もっと知りたいな〜しかしどこから読めばいいのやら…状態なのでこんなふうにフェアを開催してくれるのはありがたい。あとどれも装丁が素敵で、すごく久しぶりに装丁買いをした気がする。

5月にデビュー作が発売される予定で(書影も出たよ、素敵なので見て!)、発売を控えている心持ちで毎日過ごしていて、楽しみなのと(ぜんぜん売れなかったらどうなるんだ…)という不安の情緒を行き来している。

宣伝というものの塩梅がむずかしい。加筆や修正をずっとしてきましたが、これは決して自分ひとりではできなかった作業で、選考委員の先生方や担当さんをはじめとする編集部、そして下読みをしてくださった方、装画を担当してくださった眩しいさん、デザイナーさん、校正さん、印刷会社の方、特設ページをつくってくれたエンジニアさん、営業さん…本当に本当に自分の作品にかかわってくださった方がたくさんいることを実感しています。
ということを考えると、自分の気持ちだけを優先すると、「こんなにたくさんの方が力を貸してくれたこの作品が売れないなんて絶対いやだ!」と思うのですが、でもだからといって「絶対読んでください!」と強制するのもいやだ、というか選ぶ権利は消費者にあり、なんか宣伝しまくることが「買いなさい」という一種の押し売りみたいになって、「買わなきゃ…読まなきゃ…」という気持ちにさせてしまったらどうしよう…と思ったりもする。や、たぶん本を買う人は自分が読みたいと思ったものを買うと思うけど(わたしもふつうにそうだし)。
でもなんか、本をつくってもらえるって、本当に本当にすごいことなんだなってずっと思います。もちろんみなさん仕事としてかかわってくださっていて、わたしの作品はたくさんあるうちのただの一つではあるのですが、それでも、一つひとつの作品に向き合っているんだなということをずっと感じています。ていうか、みんなでつくりあげるって、本にかぎらずだけどなんかやっぱりすごく胸が熱くなるものだね。自分が書いた小説のために、たくさんの人が動いてくれて、世界をひろげてくれて届けようとしてくれること、一体どうすれば返せるんだ…と考えたとき、やっぱりそれは「いい本を読んだな」と思ってもらえるような作品を書くことだと思うから、最後まで妥協しないという気持ちだけはずっと持っています。
まあ「作るのにこんなに頑張ったよ!すごく情熱かけたよ!だから買ってね!感動してね!」という言い分で感情に訴えかけたり、読み手が「すごく頑張って書かれた作品だから大事に読まなきゃ」と考えるのも違うと思うのですが(読む側は気楽に読みたいし読んでほしい)、でも自分がこれから読書をするとき、よりいっそう敬意を払っていきたいなあと思ったのでした。
というわけで、ページを見るだけなら無料だし!何度でも見てもらえたらわたし自身も嬉しいです!(わたし絶対100回は見てるよ!)
書影が完成したとき、実はすごい速さでサイトのデザインも変えてもらったんだよ!本当にありがとうございます!!あらすじやキャッチ、キャラクター紹介を担当さんが考えてくれたよ!らぶです!
選ぶことや決めることが苦手でストレス、それなら最初から選択肢を持たなければいいじゃん!という思考のもとなんでも捨てて効率のいい生活を手にしたのに、どこに片付ければいいかわからん男と出会う話です。
そして3月読んだ本。

Readsという読書記録アプリをはじめました。UIがかわいいです。今はまだiPhoneしか対応していないのかな…?
ではまた春に!