今日もめくるめかない日

サンゾウは私たちを裏切らない(世紀の善人/石田夏穂)

 たまに実家に帰って親戚の集まりなんかに出席すると、知らないじいさんに「子供いないの?子供はイイゾ~こさえろこさえろ」と大声で言われることがある。恥も外聞もなく堂々とした口調で言えるじいさんを前にして、怒りはわいてこない。むしろ安心するような、少し切ないような……。「ほ、ほんとうにこういうじいさんいるんだ!」という一種の感動、あれはそう、絶滅危惧種やレアポケモンに遭遇したときの気持ちだったんだなと、石田夏穂さんの「世紀の善人」を読んで思った。
 それにしてもなぜ親戚の集まりというのは必ず知らないじいさんがいるんだろう? そしてなぜ「子供はイイゾ」と言ってくるのは決まってじいさんなんだろう?

 

 今をときめくお仕事小説の書き手といえば石田夏穂さん、働いていると必ずと言っていいほど降りかかってくる理不尽を毎度ユニークにコミカルにアイロニカルにキレキレな文章で描いてくれます(それにしてもどうして理不尽が必ず起こるのだろう)。
 キレキレ具合にいつも笑いながら作品を読んでいるのですが、キレの限界値どこまでも突破しちゃった最新作「世紀の善人」、みなさまもう読みましたか、本当にいますぐ読んでほしいです!すばる1月号です!

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 本当に声出してゲラゲラ笑える小説って実は少ない、文章で笑わせることのなんと難しいことか。しかし私は「世紀の善人」を読みながら本当にゲラゲラと笑っていた。とにかくひとつひとつの皮肉や比喩がおもしろすぎる、絶妙すぎる。

 サンゾウの音がする。サンゾウが近づいて来る。
「これ皆に配っといて」
 ドン。その出現に予兆はない。突然に「これ皆に配っといて」と来る点はラブストーリーと同じだ。安井のPCの脇に白い紙袋が置かれた。

 冒頭、ナチュラルに笑わせてくる。ラブストーリーは突然にじゃないんだよ。サンゾウがグループ会社からもらった「差し入れ」を安井の席に当たり前のように置いてくる場面からこの作品ははじまる。
「三國造船」という会社で働く女性社員の安井。彼女のまわりには時代遅れのパワハラモラハラ昭和生まれのおっさん社員たちが蔓延っている。安井は彼らをひとまとめに「サンゾウ」と呼び直視しないようにしながらなんとかやり過ごしていた。そんなとき、社員のケアという観点からサンゾウのチェックシートをつけろという仕事を与えられる……。
 チェックシートを使いながらサンゾウたちの性質を観察していくことで、サンゾウをバーチャルではなく実体として見られるようになっていくんだけど、そのおかげで怒りとは違う感情が生まれていくのがいい。


 サンゾウたちはマジでなにもしない。「差し入れ」をわけるのは安井の仕事(とサンゾウは当然のように思っている)。たとえば差し入れの中身がバウムクーヘンだったとき、安井は卒倒しそうになる(カットしなくてはいけない!)。カットしたバウムクーヘンをサンゾウたちに配っていると、サンゾウのひとりがバウムクーヘンを食べてむせる。

「このバウムクーヘンの切り方がいけないんだよ!」
 ムセゾウが八つ当たりすると、全サンゾウが安井を見た。
「何でこんな変な形になったの?」
 サンゾウは極めてデリケートな生き物だ。安井は怒ったり悲しんだりするより先に、自分にこう教えた。サンゾウはイチョウ切りにカットした食材で死にかけることがある。サンゾウはイチョウ切りにカットした食材で死にかけることがある。

 サンゾウはとても繊細な生き物、まるで赤ん坊なのだ!
 また、サンゾウは編集用ファイルをPDF化することができないので、なぜか作業を安井に頼む。

「おおい、皆!」
 上陸する島を見つけた船長のように叫ぶ。
「編集用ファイルのPDF化は、もうぜんぶ安井に回しちゃって!」
「おおおお!」
 パチパチ、パチパチ。安井は惨めなクリックを始めた。パチパチ、パチパチ。ああ、こちとらクッソ忙しいのに。サンゾウは編集用ファイルをPDF化すると死ぬ。サンゾウは編集用ファイルをPDF化すると死ぬ。

「おおおお!」じゃないんだよ。こいつら海賊なんかよりよっぽど厄介。でも笑ってしまう。安井がサンゾウの性質を知っていくたび、普段かかえているストレスが昇華されていく。


 あるとき安井は「同じ女性として」退職を考えている別部署の田中さんの相談に受けてくれないかとクミゾウ(組合リーダーのサンゾウ)に頼まれる。その田中さんが自分とはまったく違うアプローチの仕方でサンゾウに関わっていることを知り、むらむらしはじめる……。
 観察するだけでなくもっと直接的にサンゾウの生存に関与していきたいと考えるようになってからもキレキレ具合が爆発、最初から最後まで勢いがあって一ページたりとも飽きさせません。「世紀の善人」、今年のベスト3に突如食い込んできました。

 

 あとサンゾウたちにつけるあだ名が単純かつ絶妙でおもしろい。むせたら「ムセゾウ」、「ヒラ」のサンゾウは「ヒラゾウ」、専務は「センゾウ」、あくびをしたサンゾウは「ネムゾウ」、運動不足解消のためサッカーボールをもらい社内でシュートを決めたサンゾウは「イナゾウ」(社内でイナズマイレブンするな!)
 サンゾウはどこまでいってもサンゾウ、極限状態になってもサンゾウ、サンゾウは私たちを裏切らない。それは絶望でもあるし、はたまた希望なのかもしれない。

 現状すばるでしか読めないですがすぐ単行本化されるだろうし次の芥川賞候補になるでしょう!!(やや短いので単行本化にあたって願わくば書き下ろしとか…あればいい……)

 ぜひ芥川賞きてほしい!アクゾウ!!そしてたくさんの人に読んでほしい!もはや私はヨメゾウ!!!!