今日もめくるめかない日

ノブよりタクミを選んだ理由がわかった日

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 NANAをはじめて読んだときは衝撃だった。たぶん私は高校生だった。それまでりぼんや別マ、花とゆめ、フレンド、フラワー、たまに背伸びして少コミから出ている漫画を読んでいた私にとってNANAはもはや天啓、もちろんりぼん別マ花ゆめetc……の漫画だってそれはそれで魅力がある漫画でしたけれども、NANAはあきらかに次元が違った。一線を画していた。
 Cookie、その響きには甘さだけではなく苦みもあった。垢抜けなさがいっさいない、精錬された雑誌……。NANAを読むだけで自分が大人になった気がした。NANAにすべての正解が詰まっていると思っていた。NANAを読んでおけばなにもかも大丈夫だと信じていた。高校生にして私はすべてを手にしてしまったという恐怖すらあった。偉大な作品だよ、NANAは……。
 

 NANAの連載は2000年から(読み切りは1999年掲載)、作品の舞台もちょうどそのころ。消費税が5%なんですよ、100円ショップで買ったいちごのグラスが105円、アンテナをのばして使うプリペイドみたいなかたちのケータイ、新幹線の席でがんがん喫煙、いま読むとそれはそれは時代を感じざるを得ないのですが、色褪せない不朽の名作とはまさにこのこと、当時もナナになりたくてレザージャケットやごついブーツを買ったり街角の煙草屋でブラックストーンをさがしてみたり(めちゃくちゃ甘いにおいがする)ヴィヴィアンのあの土星のライターに憧れたりもしましたが、いま読んでもふつうに欲しくなってしまう。

 

 ナナは本当に格好いい、ハチがあこがれるのはもうそんなの当たり前だと思う。私がハチの立場だったら同じようにあこがれたし嫉妬もするし(美里が登場したときは私もなんだかすごく悔しかった)、ナナが笑ってくれたら嬉しいし、ブラストの活躍を心から待ち望んだし、いちばん近くで応援し続けたいし、あんな特別な関係絶対に手放したくないと思う。だからこそナナを悲しませてしまったハチが、ノブではなくタクミを選んだハチが本当に理解できなかった。だって絶対ノブのほうが優しいじゃん、平和じゃん、お金がなくたって愛があるほうがいいじゃん、ノブは責めなかったじゃん、嘘でも全部信じるって言ってくれたじゃん、ナナといつまでもあの部屋で一緒に過ごしたいじゃん……。当時の私はなにもかもがわからなかった。タクミなんてただロン毛なだけで魅力がいっこうに伝わってこない。夜道、袋を半分ずつ持って手をつなぎたいことを察してくれるノブのほうが、ぜったいぜったいぜったい幸せでいられるのに……。私はNANAの8巻と9巻を読んで狂いそうになっていた。
 どうしてハチはタクミを選んだんだろうとずっと思っていた。正直に言うといまでも少し思ってる。でも時間がたつにつれて、ハチはノブのことを好きだからこそノブを選ばなかったという選択を受け入れられるようになってきた。

 

 そもそも本当のところを言うと、ハチにはタクミを選んでほしくなかった。だってどこからどう見ても、ハチはノブと一緒にいるときのほうが超笑顔、とても満たされている、恋をしている、ノブもほんとうに幸せそうだったからノブを傷つけてほしくなかった。だってタクミはハチが別れを告げても傷つかない、傷ついたとしてもたいした傷じゃないのだからそんな薄情な男を選んでまでノブを傷つける必要があるのか!?という憤りを感じていた。ナナがハチに対して裏切り者って思う場面があるけど、それはそうなるよ……。だってみんなタクミのこと好きじゃないもの……。
 でもノブは絶対に傷つくと明白だったからこそ、この選択をしたのだと思う。タクミを選んだのではなく、ノブを選べなかったということ。昔私は単純に、結局ノブよりタクミのことが好きだったってこと!?と混乱しましたがそうではないんだよね。ノブもブラストもナナのことも大事だから、自分のふらふらした行いが招いたこと、さらにタクミの子どもだという可能性が高いこと、これをノブに背負わせるのはあまりにも重すぎるんだよね……。
 ノブがハチの部屋にきて嘘でも信じると言ってくれたことは、ほんの一瞬くらいはハチの救いになったかもしれないけど、(私はそこで嘘ついちゃえよ~~~ノブの子ってことにしようよ~~~~!と単純思考でやきもきしましたが)、仮に嘘ついてそのままノブと生きていく選択をしたとしたら、それはあまりにもお互いにとって地獄でした。当時私はそこまで考えが及ばなかった。
 嘘をつき続けるハチも、それを信じ続けるノブも、許されようが許されまいが、許しても許さなくても、もうふたりはただただ幸福の真っただ中にいたころの笑顔を互いに向けられなくなってしまうだろう。ハチはそれがわかっていたのだと思う(それでもノブの子だという可能性も残っている……とかすかな希望を持っていた私を打ちのめしたのは成長した皐の登場でした。あ、あまりにもタクミやないかい)。

 

 そんなふうに考えていたとしても簡単に割り切れることではく、ハチは責められることも覚悟していたはずで、もうどうしたらいいかわからないときの、タクミの責めるでもない優しい言葉は、そのときのハチにとってノブの「嘘でも信じる」発言よりも響いてしまったのだなと思った。ノブよりもよっぽど現実味のある言葉だったから……ノブはただハチの弁明を聞きたがっただけで、今後どうするかという具体的なことをなにひとつ言えていないんですよね。や、すらすら言えたらそれではそれで驚きなんですけど、だからこそタクミの決断力が際立ってしまうんですけど。
 白金に引っ越してからのハチが楽しそうにしているのも悲しかった。どうして笑ってられるんだよ~~~~と憎しみすらわいてきた。でも読み返してみるとやっぱりこう笑いかたが違うというか、みんなで花火していたときのような純粋な笑顔じゃないというか、張りつめているような笑顔にもみえる。だからこそシンからの電話ですぐ泣いてしまう。
 ハチが選んだのはノブでもタクミでもなくて、子どもを産むという決断。ただそれだけなんですよね。
 当時は「女性がひとりで子どもを育てる」ということにたいして風当たりも今より強かっただろうし、時代が違えばまた別の選択があるのかもしれない、だからこそハチはタクミを選んだのではないと自分に言い聞かせることができるようになった(そうでもしないとやっぱりノブが…不憫で……)。

 

 それにしてもハチがナナにべったりしているかと思いきや、実はナナのほうがハチに依存していたとわかるあたりがこれまたすごくよくて。ハチの選択にいちばん傷ついているのはナナなんです。ハチの目を通してナナを見てきた私にとって、ナナの弱さが露呈した場面は衝撃的でした。いちごのグラスを重ねて割って、それすら「お揃い」にする……。もっと言えば「なかったこと」にしようとしている気配すら感じられて、傷つくくらいなら最初から持たなければいいというふうになりそうですごく怖くて……(その後、巻数を重ねていくとナナが失踪したような感じなので、この悪い予感は当たっているのだと思う)。
 ナナを勝手に強い人と思い込んでいたけれど全然そうではなくて、強くいられたのは仲間とそしてハチがいたからなんですよね……。それまでハチの立場でナナに憧れを抱かせていたところ、突然読者をナナの立場に置かせる、この展開が本当にすごくて……。ハチの部屋が空っぽになったとき私も不安で孤独でさびしくて、漫画なのだから音はないのはそうなんですけど、本当にあの場面で、しん…と無音になってしまった気がして本当に悲しかった。そんなときにハチからのあんなラブレターを受け取ったら……それはつらくても立ち上がるしかない……。
 ヒーローというのはとてもしんどい、いくら理不尽でも立ち上がって会いにいってやらなくてはいけない。それは決してノブにはできないことだから、間違いなくナナはハチのヒーロー。でも強くありつづけるだけでなく、ハチのもとがナナにとって安心できる場所でもあってほしいよ……。ハチもまたナナに憧れていただけの子どものままじゃなく、ひとりの人間として成長していく。つらい選択をしたハチだからこそ手にできる強さ……。

どんなにくりかえし傷つけ合っても

誰かを愛する想いは無駄じゃないよね

 9巻のおわりのナナのモノローグ(ナナとハチのモノローグも毎回泣けるんですよね……)、このモノローグはシンがレイラに「いとしのレイラ」を歌っているときに出るんですけど、ナナ、ハチ、ノブ、シン、レイラ……全員傷ついていて、それでもだれかのためになにかをしようとしている、そんなの胸が張り裂ける。このシーン何度読んでも必ず泣く。「岡崎真一歌います」とだけしか言ってないのに「いとしのレイラ」を歌っているということが一瞬でわかる、部屋がからっぽになったときは無音になったけど、このシーンからは本当に音が聴こえてくるんだよ……。

 

 そしてNANAの1巻からの表紙もいいですよね。ナナのほうが早起きしてハチが起きてきて、ふたりで出かけて…買い物して映画館に行って食事をして、カラオケ……(カラオケではふたりが互いの上着を交換していてそれだけでストーリー性があるのもいいんですよ)、そしてホテルに泊まって翌日電車に乗って、雪が降っている町に行くんですけど、これはナナの地元なんじゃないかなと思います。
 完結を待ち望んでいる読者は星の数ほどいると思うのですが、私ももちろん最終話まで読みたい気持ちがめちゃくちゃあるのですが、もう十年以上待っている身としては、完結しようがしまいがどちらでもいいのです。どちらにしてもNANAがこの先色褪せることはなく、最終話がないからこそ永遠に続いていくとも思える。NANAはもうすべてが正解。でもヤスはあと十人くらいいたほうがいいと思います。