今日もめくるめかない日

水曜日の夜に家出をしたことがある

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 中学生のころだった。今でも覚えている、水曜日の夜、わたしは家出をしたことがある。

 あれは夏休みの夕餉、わたしは父母妹ひとりの四人家族で、揃って食卓を囲んでいた。食後に西瓜が出て、それをしゃくしゃく食べていたとき、直接のきっかけはさすがに忘れたけれど、突然父と母の喧嘩がはじまった。

 我が家は基本的に仲がよく、それでも子どもは中学生&小学生、父と母は三十代半ば、当時はいろんなストレスもあっただろう、それなりに喧嘩が勃発していた。多くのこどもがそうであろうと思うけど、親の喧嘩はいいものではない、なんでおかあさんたちは子どもの前で喧嘩なんてするんだろうね、なんて夜の子ども部屋で妹とぷんぷんと文句を言ったことも何回もあるが、ふたりの年齢に近づきはじめている今、そりゃあ喧嘩くらいするわなと思う。子どものわたしにとって、両親は「おとうさん」「おかあさん」、先生が先生であるように、親の役割をするひと、というのがあった。いや父も母もそのまえに人間なのだから、完璧に振る舞うなんて無理な話。

 しかし当時のわたしはそんなことはつゆ知らず。喧嘩の原因はなんだったろう、西瓜のことで言い争っていた気がする(絶対しょうもないことだ)、ぎゃあぎゃあとけっこうな大声で喧嘩をはじめるものだから、反抗期という頃合いも相まって、わたしは食べていた西瓜を投げ出し、「ふたりが喧嘩を続けるんならわたしはこの家を出ていく!」と怒鳴ってそのままそばに置いていたケータイだけを手に取り、ほんとうに家を飛び出したんであった。

 

 ちなみにわたしの実家は静岡の田舎にあり、住んでいるところはわりと山のなか、すこし歩けば国道に出て、三十分ほど歩けばやっとコンビニ、という、まあまあな場所だった。

 当時のわたしの格好といえば、中学指定のジャージをロールアップ(ジャージをロールアップって……)にてきとうなTシャツにビーサン。これが格好いいと思っていたファッションだけど、今なら言える、そんな恥ずかしい格好のまま、とりあえずてくてくとコンビニまで歩いていった。

 ちなみにちなみに、わたしの家のそばには祖父たちが住んでいる本家(わたしが住んでいたのは母屋と呼ばれていた)があり、歩いて十秒という近さなのだけど、そこに家出をしてもそれ全然家出にならんというわけで、わたしは夜の冒険(三十分先のコンビニがゴール)をするべく歩いたのであった。

 

 田舎の夜は星が綺麗というけれど、これはほんとうにそうであって、住んでいたときはその景色が普通であったけど、上京してあまりの星の見えなさに、都会というものを知った気になったりならなかったり。とにかく、見上げればどばんと流れてゆく星に、家出中である自分のセンチメンタルを重ねぽてぽて国道を歩いてコンビニに到着。

 コンビニはローソンとファミリーマート、道路を挟んで向かい合うかたちで二軒あり、わたしはまずファミリーマートへ入って雑誌の立ち読みをしたのであった(財布がないから)。しかし読みたいファッション誌などはだいたい紐でくくられており、「ザテレビジョン」なんかを端から端まで見るしかなかった。

 ケータイで友人に「家出した」とメールを送れば「うちっち来る?」(「っち」が方言だと上京後に知った)とやさしいことばが返ってくるも、あんたの家はここから歩けば二時間くらい、一文なしのわたしには、バスに乗ることもできやしない(ちなみに電車はない)、そんなわけでやさしい申し出を断り、コンビニで一夜を明かしてやろうじゃないのと決意を固めたのであった。

 

 テレビ欄をすみずみまで読み、今期のドラマ情報ならお任せあれという具合になったころ、そろそろ店員の視線が気になって、向かいのローソンへとってけて。そこでもやはり紐がかかっていない雑誌をすみずみまで読んだら時刻は〇時をまわったくらい。そんな時間まで外に出ていたのははじめてで、というかわたしの家族がだれひとり連絡をしてくれないのはどういうことなの、ちょっと不安になりつつも、わたしは家出をしたのであるから家族のことは思い出すまい、再び雑誌に目を移すと、店員さんが「あのー家出じゃないですよね」とおそるおそる話しかけてくるものだから、ひいっとなって「ち、ちがいます」と言ってすぐローソンを出た。

 中学指定のジャージをはいているのだからもしかしたら学校に言われてしまうかも(というかそのへんで中学校はひとつしかないから、仮にジャージを着ていなくてもすぐバレただろう)、そういうところにびびりのわたしは仕方なく家に帰ることにしたのだった(寝るところもないし)。

 

 深夜〇時をすぎてひとりで歩くことははじめてだった。田舎といえど、国道では車がすこし行き交っている。わたしはまたあまりに綺麗な星空を眺めながら、適当なTシャツにみすぼらしいジャージにビーサンで、家路をぽてぽて歩いた。

 たぶん小説とかだったら、そういうときの夜空はなんだかすごく特別に見えて、忘れられないものとなったりするんだろうけど、べつにいつもと同じ星空で、けれども行きより帰りのほうが、なんとなく、星が増えているような感じもした。まあ夜更けになったからだろうけど。

 

 玄関は空いていた。田舎は鍵を閉める習慣がないから、と思うけど、わたしの帰りを待っていてくれたのかと少しほっとした。

 

 いそいそ布団に入ってその日は眠り、翌日なにか言われるかと思ったら、ぜんぜんなにも言われなくて、父も母も仲直りをしたのか、なんかとてもふつう。なんでなにも聞いてこないんだろとややむずむずしながら朝食を食べていると、妹が驚くべき発言をした。

 

「昨日のトリビアおもしろかったね!」

 

 トリビアとは、「トリビアの泉〜素晴らしきムダ知識〜」という2002年から2006年にかけて水曜日に放送されていたバラエティ番組で、たいへん人気があった。我が家ももちろんその番組のファンで、毎週欠かさず観ていたわけだけれども、む、娘が家出をしているというのにトリビア観てたのこの家族!?

「えっわたしが家出してたのにトリビア観てたの……!?」と絶望を感じながら聞くと、「えっ家出してたの!?」と返ってくる。いや家出するって言ったじゃん。

「おばあちゃんちに行ってるのかと思ったよ〜なははは」

 のんきな笑いである。めくるめく家出譚は、やはりめくるめからず終わった。鍵があいてたのもたまたまである。田舎だから鍵を閉めていなかったんである。

 

 なぜ水曜日の夜に家出したのかを覚えているかというと、家族がトリビアを観ていた、という事実を忘れていないからである。へぇ。

 あの日見た星空も、すみずみまで読んだテレビ欄も、声をかけてくれた店員さんの顔も、もう思い浮かばないけど、わたしはたしかに、水曜日の夜に家出をしたことがある。