今日もめくるめかない日

いつもだれかに会いたくて、なにかを書いている

 雪舟えまさんの短歌に「目がさめるだけでうれしい 人間がつくったものでは空港が好き」というものがありますが、みなさまの好きなものはなんですか。人間がつくったもののなかで、わたしが飛び抜けて好きなものは歩道橋とコインランドリー。
 横断歩道と歩道橋があったなら、歩道橋のほうを選んでしまう。上から車や人が流れていくさまを眺めていると、映画のワンシーンでも見ている気持ちになる。それから歩道橋に立つと夕焼けがより綺麗に目に映る気がする。夕方、青信号を待つ人の群れからはぐれてゆく瞬間は、生活のなかに隠れている一種の扉。
 コインランドリーは、できれば外観が静かなものがいい。マスコットキャラクターが描かれていたりのぼりがたっていたり、やたらスタイリッシュな雰囲気を醸し出しているものもあるけれど、洗濯機と乾燥機が五つくらいずつあって、パイプ椅子が三つくらい雑に置かれているところ、入り口のそばにコカコーラの自動販売機が置いてあるようなところ。コインランドリーにしか出せないあの洗剤の香りのなかで、服が乾くのを待つ時間も、日常とは少しだけ離れているところに続く扉。

 

 日記をもっと書いていきたいなと思って約一週間、いまのところ毎日なにかしら書くことができている。だれかのためとか自分のためとか大層なことを考えているわけじゃないし、とくべつなこと/とくべつだと思われそうなことを書きたいとは思わなくて、むしろ本当に毒にも薬にもならない、飾りのないただの日記を書きたい。そんなただの日記に対して、だれかが言葉を寄せてくれることがどうしてもうれしい。わたしはひとりが好きで、でもひとりが嫌い。書くことは一人でもできるけど、独りではできない。いつもだれかに会いたくて、なにかを書いている。

 

「目がさめるだけでうれしい 人間がつくったものでは空港が好き」
 この短歌のように、「目がさめるだけでうれしい」と思えるような満ち足りた毎日を送ることはそうそうない。でもそういえばわたしは人間がつくったものでは歩道橋とコインランドリーが好きだったんだと気づかせてくれるこの短歌が好き。それは私にとって、本当のことになるのだと思う。気づかせたいと思って書かれたものではない文章が好きだから、私もそういう日記を書きたいと思う。

 

 たとえば今日美容院へ行って髪を整えてもらったこと。美容院へ行く途中で救急車が止まっていたこと。傘をさすほどでもない霧雨が降っていたこと。電車の向かいの席に座っていたひとが「チップス先生さようなら」を読んでいたこと。西友で朝食のためのパンを買ったこと。わたしはいつか今日の出来事を必ず忘れる。だけど忘れたあとに、もう一度思い出したい。そのときわたしはまた本当のことを知る。

 

特別お題「わたしがブログを書く理由

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